2ntブログ

↑アローズ速報↓/SSまとめ

VIPなどのSSまとめInアロ速

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

女「人間やめたったwwwww」2 2/2


女「人間やめたったwwwww」2



97 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/12(水) 23:59:14.22 ID:Wc3NlmMIo
101

――――――――――

交通機関なんか使っていられない。
僕は走る。体が軽い。

何人かが、ぎょっとした顔で僕を見たけど気にしない。
道なりになんか走っていられない。

方角は覚えている。
僕は確信をもって走る。
オフィスビルの立ち並ぶ市内中心部から住宅街へ抜けた。

僕は塀に飛び乗り、屋根に飛び移り、最短距離を行くことにした。
いつしか僕は、着地に手を使い、かかとをほとんど付けずに駆けるようになっていた。






元スレ
女「人間やめたったwwwww」2
SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServise掲示板
前スレ
女「人間やめたったwwwww」
女「人間やめたったwwwww」1/10




98 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/12(水) 23:59:51.37 ID:Wc3NlmMIo
102

目的の家はすぐわかった。
その周りだけ、命の気配がなかった。
鳥の影も、虫の声もない。
死んだようなその区画。

僕達を襲ったあのときのヘドロまみれのタコみたいな奴が、
まさと君の家の屋根に覆いかぶさって足を振りまわしている。
全てを壊したがっているように、なぎはらうように動かしている。
生きてる全てが憎くてたまらない。

そんな絶叫が聞こえそうな気がした。
ここまできて、僕は足がすくんでしまう。

何軒か離れた家の屋根から様子を窺う。
お義姉さんの姿を確認したかった。
彼女を見れば、あと一歩動けるような気がした

ひときわ高く振り上げた触手の先に、胴をからめ取られたお義姉さんが見えた。

(やばい、叩きつけられる!)

考えてなんかいられない。

「うわあああああああッ!」

悲鳴とも雄たけびともつかない叫び声をあげて、僕はうごめく暗黒に飛び込んで行った。




99 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/13(木) 00:00:35.08 ID:T4GKVKxMo
103

触手に向かって垂直に手刀を叩きこむと、ぬめりとぐにっとした感触があった。
切れない。
左手でつかんで右手の爪を伸ばしてひっかくと、傷口から腐った卵みたいな粘液が溢れた。
思わず鼻を押さえる。
解放されたお義姉さんが庭に落下する。

駆け寄って抱き起こす。

「お義姉さん! しっかりしてください!」

「なんでここに――」

彼女の言葉が止まる。
僕の頭の上で視線が止まっている。
察したらしい。

「なんて馬鹿なことを――」

「俺だって何も考えてないわけじゃないです。
 何もなくしたくなかっただけです」

「そう。話は後ね」

説教してやる、と彼女は呟く。
生きててくれるなら、是非されたいもんだ。

「悪いけど、君を庇う余裕はないの。
 危ないと思ったら、私を置いて逃げなさい」

敵は僕を見つけたようだ。

「そうしない為にここに来たんです」

タコ足の先を僕に向けて、呼吸するように吸盤を動かす。
完全に敵と認識されたようだ。

「口だけでもうれしいわね――くるわ!」

お義姉さんが僕を突き飛ばす。
僕の立っていたところには、タコ足が深々と突き刺さっている。




100 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/13(木) 00:01:10.98 ID:T4GKVKxMo
104

(これは……まともに受けたら死ぬるわ……)

「本体から目を離さないで! 怯えは隙に繋がる!」

彼女は剣を振るいながら僕に向かって叫ぶ。
なんとか戦えてはいるようだけど、攻撃を捌くので精一杯らしい。
この体が素早くて強いのはわかったけど、まだ慣れていない。
僕は僕で、逃げ回っている。
おとりにもなれていない。

「お義姉さん! これじゃ埒が明かないですよ!」

避けながら、なんとか彼女に近付けた。

「わかってる! 本体が奥に――!」

お義姉さんの腕に、触手が巻きつこうとする。
彼女はそれを食いちぎり、咀嚼して吐き出した。

「ちっ、やっぱりクソ不味いわね。こんなの取りこめない」

「本体って、昼に見たあのでっかい目玉みたいな――」

「そいつよ!」

「本体を殺せば、呪いは止まりますか」

僕もなんとか爪で応戦できるようになってきた。
でも、こんな気持ち悪いものから目を離さないでいるのは精神的に堪える。

「ああ止まるわよ! 君も見たでしょうが!」

彼女の腕の振りが鈍くなってきている。




101 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/13(木) 00:01:49.83 ID:T4GKVKxMo
105

「じゃあ俺が道を開きます!」

「何を言って――」

僕は盾を出す。
盾の中心を、円錐の頂点を想像してとがらせ、伸ばす。
突撃槍のイメージ。

「こんなの、たぶん一度しかできません。俺を盾にして突っ込んでください」

「義弟、つまらない男だと思ってたけど、結構イカレてるじゃない」

彼女は牙をむき出す。
笑ったらしかった。

「でなきゃ最初からあなたには付き合ってられませんよ」

僕らの疲労を見抜いたのか、タコ足が大きく振り上げられる。
隙だ。

「いきます! 俺と走ってください! 今しかない!」

「あんたに指図されなくたって見えてるわよ!」

僕らは走った。
僕は腕を前に突き出し、開いた腕で呪いを振り払いながら突き進む。
お義姉さんが剣を構えながら、僕の背中を押す。

何度も重く叩きつけられ、盾を落としそうになる。
掌の皮がむけそうに痛い。
足が上がらない。
でも僕は走る。

目の前に巨大な瞳孔が開かれた瞬間、お義姉さんが僕の前に躍り出た。


111 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/16(日) 23:25:35.70 ID:vX40EJFHo

106

目玉の直径は僕の身長くらいある。
その真ん中に、ぽっかり開いた瞳孔。
そのさらに内側に、中年の女の顔が見える。
女の両目は閉じられて、血混じりの涙を流している。
片方の瞼は傷ついている。
恨めしくて悲しくてたまらない。
そんな風に見えた。

女の片目が開く。
お義姉さんの肩越しに目が合った――
が、彼女の眼窩はからっぽだった。

目玉を覆う角膜の向こうに見えるのは暗い海だった。
ランドセルが浮いている。
黄色い帽子が浮いている。
自転車が浮いている。
家族写真が貼られたページの開いたアルバムが流れていく。

僕等が対峙するこの目は、まさと君の母親の眼球だ。




112 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/16(日) 23:27:26.70 ID:vX40EJFHo
107

そうだと確信していたけど、事実として突きつけられるときつい。
同情や憐憫に近い強烈な感情が噴き出してきて、手が緩みそうになるのをこらえた。

お義姉さんは剣を水平に構えて、体ごとぶつかった。
かなりの長物が、一気に半分以上突き刺さる。
呪いは苦痛の叫びを上げる代わりに、全ての足を僕らに激しく打ちつけようとする。
全身を打たれながら、お義姉さんは声を絞る。

「――あんたのせいで」

彼女はあごを上げ、片手を口のあたりへ持っていく。
何か取り出したのだろう。
その手には短剣が逆手に握られていた。

「あんたのせいよ……」

彼女は長剣の柄頭に掌底を叩きつけ、さらに深く刺す。

「あんたのせいで! 私! 死んじゃうじゃないの!!」

何度も、何度も、何度も。
彼女はヒステリックに短剣で刺す。




113 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/16(日) 23:27:56.89 ID:vX40EJFHo
108

「ゆるさない」

彼女は止まらない。

「もう、いいですよ……」

志乃にまで危害を加えようとしたことは許せないが、
彼女はもう罰を受けてるんじゃないか?
僕の声は、お義姉さんには届いていない。

「あんたは妹に手を出した」

彼女はまさと君のお母さんを殺すつもりだ。

「もういいです」

呪いを殺せば、志乃は助かるじゃないか。
彼女は最愛の息子を失って、罪を犯す前から罰を受けてるじゃないか。

「ぜったいにゆるさない」

本体もろとも呪いを殺すつもりだ。
彼女は短剣の刃を鍔元まで押し込むと、爪を立てて目玉の角膜を掴んだ。





114 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/16(日) 23:28:39.25 ID:vX40EJFHo
109

「この先――」

両手で角膜を突き破ると、黒く濁った硝子体が粘り気を持ちながら流れてきた。

「私にも!」

「私の妹にも!」

「私の義弟にも!」

「誰であろうと!」

彼女は、流れてきた中に漂う、女の顔を掴んで床に叩きつける。

「殺す」

振りかぶり、打ちつける。

「手を出したら殺す」

何度も。

「お前が審判を待つ間も!」

何度も。

「地獄のどこにいようと!」

何度も。

「おまえの魂が砂粒ほどになっても」

「私は情けをかけない。容赦しない」

「拷問人から仕事を奪ってでも殺してやる」

「輪廻の先まで追いかけて殺してやる」

「何度でも殺し直してやる」




115 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/16(日) 23:29:13.55 ID:vX40EJFHo
110

僕が腰を抜かしている間に、彼女の報復は済み、呪いは消えた。
ふらつくお義姉さんを支えようと、立ち上がろうとしたけど激痛で立てなかった。
足が折れているらしかった。
近くに落ちていたゴルフクラブを拾って、杖がわりにして彼女に近づく。

「本体、潰してやったわ」

玄関から続く廊下を、初めて見た。

「見ればわかります」

今まで、この家は呪いで覆われていた。
この家が呪いそのものみたいだった。

「お義姉さん、本体の――まさと君の母親ですけど、殺さないでやってくれませんか」

彼女は満身創痍。
でも、人を呪って弱った人間一人くらいなら、命を奪うくらい造作もないことだろう。




116 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/16(日) 23:30:02.05 ID:vX40EJFHo
111

「できないわよ。もう死んでたんだから」

彼女は視線で廊下の先を指す。
喪服の男女が一人ずつ。
顔や致命傷を確認してないけど、死んでいると確信した。

「けっけけけけ警察! あ、違う! 救急車!? どっち!?」

こうやって慌てるあたり、人間やめきれてない。

「無駄よ。明日の朝イチ、隣人にでも発見させなさい。
 これだけ荒れてて玄関開きっぱなしなら不審がって通報してくれるわよ」

彼女は貫かれていた腹を押さえて立ち上がる。

「ドアノブとかべたべた触るんじゃないわよ。
 指紋出たらめんどくさいんだから。
 あんまりあの世に手間かけさせるのもなんだしね」

「思いっ切り血痕が残ってるのはいいんですか」

「いいのいいの。あの世がなんとかしてくれるわ」

「今、手間かけさせるのもなんだって言ったじゃないすか」

「こまかいことはいいのよ。さ、帰るわよ」

彼女は僕の襟首を掴んで、深夜の夜空へ飛び出した。
魔女がやる滑空みたいだった。
今までの瞬間移動みたいなものじゃない。
そうする力は残っていないみたいだった。


128 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/23(日) 23:23:15.36 ID:iEqOLHdqo
112

―――――ナオミの部屋・休憩室―――――

志乃は目覚めていて、窓の外をぼうっと眺めていた。

「志乃、ただいま」

彼女は振り向くと、いきなり泣きそうな顔になった。
瀕死のお義姉さんを見てか、僕の姿を見てか。
たぶん両方だろう。

「おねーさん! 春海!」

志乃は僕にすがりつきながらお義姉さんを支える。
布団に寝かせようとしたけど、拒否された。

「ああ、横になるのはやめとくわ。永眠しちゃいそう」

僕は彼女を抱き起こしたままにする。

「春海、その格好――」

「そんな顔するなって」

自分のせいで、と思っている部分があるんだろう。
やりきれないような、生きててくれてよかったと喜んでいるような。
今ならわかる。
僕も、そんな顔をするしかなかった。

「俺はかわいそうじゃないし、自分で決めた」

「でも!」

「俺が、全部自分で決めた」




129 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/23(日) 23:23:57.87 ID:iEqOLHdqo
113

僕は志乃が眠っている間にあったことをかいつまんで説明した。

「死にかけてるお前と、重傷のお義姉さんと、
 親友の母親に狙われたグレイ君のこと考えたらさ、戦えない自分が悔しかった」

今ならよくわかる。
志乃がお義姉さんの要求を飲んだときの心境。

「俺、子猫に頼んだんだ。
 力を貸してくれって。
 好きな人達を見殺しにしたくなくて、だから頼んだ」

お義姉さんの言っていたリスクは承知の上だった。

「元に戻れなくなるかもしれなかった」

志乃は目にいっぱい涙を溜めている。
義姉と僕が一度にただごとじゃなくなっているこの状況なら仕方ない。
何も言えないのも、仕方ない。

「でも、それでも戦いたかった。
 俺、お前を助けて――生きていたかったし生きててほしかった。
 ずっとくだらないことで喜んでいたかった。
 お前と生きてるって、ずっと感じていたかった」

志乃の頬に大粒の涙がこぼれる。

「それでさ、肚くくって、子猫に頼んで」

なんでもないことのように笑うしかなかったのだ。

「人間やめたったwwwww」




130 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/23(日) 23:24:29.44 ID:iEqOLHdqo
114

志乃は、ああ、とか、うう、とかいったうめき声を上げて、僕とお義姉さんにすがりついて泣いた。
でも、何かから解放されたみたいな泣き方だった。
肩を抱くと、ちゃんと温かかったし、呼吸も伝わった。
これが僕の救ったものだと思うと、これでよかったんだと思った。

「でもっ! でも春海、こんな格好じゃ不便だよ!」

その後のことは、あまり考えてなかった。

「確かに男に猫耳猫しっぽはキツイな……」

「そういう問題じゃなくてえええええ」

「あーもー、うるさい。傷に響く」

お義姉さんは体をひねって、手のひらを僕の頭から体に滑らせた。

「あ、消えた。やったね春海! これで外に出れるよ!」

「それくらい自分で隠しなさいよ。半分化け猫なんだから」

彼女は呆れて笑った。




131 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/09/23(日) 23:25:09.26 ID:iEqOLHdqo
115

「じゃ、私はしばらくあの世に帰るわけだけど――」

(嘘だ)

「今度はいつ会えるかわからないから言っておくわ。
 志乃、私を助けたのがあなたでよかった。愛してるわ」

志乃は声を詰まらせながら泣いている。
僕も鼻の奥がつんとくる。

「ああ、義弟は志乃の次くらいに愛してるわ」

最後まで僕はぞんざいな扱いのまま。
でもそれでいい。
彼女はちゃんと自分で言えた。

「そんなにじっと見られたら、帰ろうにも帰れないじゃない」

「だって、だって――」

「二人とも泣かないの。ほら、外。流れ星――」

お義姉さんが開いたままの窓のを外を指さす。
ビル街の夜空の明るさに負けない眩しさで、
白い星がしゅっと尾を引きながら流れていった。

腕が軽くなる。
彼女は消えていた。



(彼女って誰だっけ)



僕はなくしたものが何かわからないまま、深い喪失感を抱えて気を失った。




145 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/02(火) 23:52:45.82 ID:cp7G3vQWo

116

―――――文化祭の日・図書室――――

「ありがと。紙って意外と重いから男子がいると助かったよ」

僕は志乃と長野と一緒に、神田さんと上木さんの文芸部の手伝いをしていた。
僕は志乃と原稿の入力を手伝っただけ。
長野は僕についてきただけ。
でも、少しでも自分の手を貸したものが形になると、気分がいい。

「で、あれからどうよ。妹ちゃん学校行ってんの?」

段ボールから冊子の束を出して机に積んでいく。

「うーん、しぶしぶ行ってた」

ついこの間、僕は志乃と一緒に気色悪い正体不明な、説明しがたい感じの化け物に遭遇した。
で、いろいろあって二人でやっつけた。

(ぼくって半分ねこちゃーん。ニャーン)

僕の中の子猫ちゃんな部分が、たまに茶目っ気を出して思考を邪魔してくる。

「元気出してくれるといいな」




146 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/02(火) 23:53:21.67 ID:cp7G3vQWo
117

志乃は僕の体液と取り込むとやたらいきいきするし、油断すると馬鹿力が出る。
そして妙に傷の治りが速い。
一方、僕は標準体型な割に人間離れした身体能力がある。
なぜか夜目も利くし、動物の言うことがちょっとわかる。
お互い妖怪チックだとネタにして笑っている。

笑えるけど、普通の人を装うのはちょっと面倒だ。
いつからこうなったのか、はっきりわからない。
これは二人の秘密。

(ちがうもーん。ふたりじゃないにょー)

「ああ、またノイズが――」

「ノイズ?」

「別に放送かかってないでしょ」

文芸部の女子二人が不思議そうな顔をする。

「いや、ごめん。なんか聞こえただけ」

「春海は耳いいもんねー」

脚立のてっぺんに座った志乃が、足をぷらぷらさせる。




147 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/02(火) 23:53:56.06 ID:cp7G3vQWo
118

長野が人の行きかう廊下をじっと見つめる。
僕も、なんとなく窓の外を眺める。
髪の半分をアップにした、清楚な美人と目があった――
ような気がした。
こんな行事のある日でもなきゃ、図書室の前はにぎわったりしない。

「なに? 誰かいた?」

「知り合いかと思ったけど気のせいだった」

「なに? きれいなお姉さんなら好きだよ」

「いや、見失った」

志乃が脚立から飛び降りる。

「ねえ、それって黒いスーツの人じゃなかった?」

「教育実習的な?」

「そうそう。そんなんだったけど――。どっか行ったな」

胸が痛い。
なにこれ恋?
だめよ。志乃というものがありながら。

(いやいや。そうじゃなくて――)

志乃は何も言わず廊下に出ていく。
僕はそれを当たり前みたいに追いかける。

「あのっ――!」

志乃が呼びかけるけど、女はもういなかった。
彼女は迷子みたいに辺りを見回す。
僕もそうした。




148 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/02(火) 23:54:30.71 ID:cp7G3vQWo
119

「志乃、俺達、何か忘れてるよな」

「忘れてないと思うんだけど、つじつまが合わないんだよ。
 この一カ月、エラい目に遭ったけど――
 何かが、しかも重要なものが抜け落ちてる」

「だよなぁ……」

記憶に矛盾はない。
僕達はお互い『特異体質』で、人には見えないグロいものが見えたりして、
こんな仲になってからは、それと戦ったりなだめたりすることで、なんとなく人助けをしてきた。

「変なこと言うけどさ、ほんとに俺達だけでやったのかな」

「何のこと?」

「その、化け物退治?」

「でもさ、私らの体質知ってるのって、他にいないよね」

「いないはず。いたらえらいこっちゃ」

「ですよねー」

志乃は油断したら犬歯が伸びるし、僕は頭から猫耳が出る。





149 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/02(火) 23:55:02.65 ID:cp7G3vQWo
120

「何か忘れてるんだよなー」

「ですよねー」

「……文芸部ほったらかしてもーた……」

「差し入れで許してもらおう」

女の人を探すうち、中庭まで出てきてしまった僕らは、適当に模擬店でいろいろ買い込んだ。

「うーん、青春ぽいですな」

前日までに押し付けられていた引換券の枚数の違いが、
ぼっち予備軍の僕と、友達に可愛がられている志乃の違いだ。

「俺はお前と長野がいないとぼっちだからなー」

「そんなかなしいこと言うなよ」

視線を感じて振り返る。
が、誰もいない。

「ねえ、やっぱり私たち何か忘れてるよね」

「何だろな」

「思い出せない……」

僕達は釈然としないまま、図書室に戻った。
が、図書室は飲食禁止なので、部室に幽閉された。
適当に交代で休憩しろ、と。




150 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/02(火) 23:55:31.58 ID:cp7G3vQWo
121

部室の外に、人影が見えた。
さっきの女の人だと直感した。

「何か?」

こういうとき、志乃は速い。
相手を二度、見逃すことはない。

「あ、あなた達、どこかで――?」

清潔に、上品に、すっきりと。
就職活動中の女子大生のお手本みたいな人だ。
美人だけど、整いすぎて見失ったら五分で忘れる顔だ。
懐かしいと思った。
志乃も、そう思っているはずだった。

「あ、あたしです。志乃です。こっちは春海」

「あの、あなた達は――」

彼女は困惑しているといったポーズをとる。
目の奥はちっとも動揺していなかった。




151 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/10/03(水) 00:12:01.18 ID:zirAQZWOo
妙に乗ってきてしまい、今回では終わるに終われませんでした。
あと何回か更新して、今週末に終わろうと思います。
だらだらしちゃって、なんかすみません。

気が早い気がしないでもないですが、セルフでまとめました。
これで加筆・修正ができます。

「天国への渡り廊下」
http://passageto7thheaven.blog.fc2.com/

「ナオミの部屋」にしようと思ったのですが、既に同名のサイトがあったため、こうしました。

今日はここまで。


164 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:46:08.31 ID:tp5gs/XQo

122

「ええと…人違いじゃないかしら。私、よく間違われるのよ」

言葉とは裏腹に、その声は全く困惑していない。

「そう? ほんとに?」

この人が僕らの何だったのかはわからない。
志乃が僕の隣で、少し開けた口の中を指差してくる。
指の先には、長い犬歯が光っていた。

「ちょっと見せてカマかけてみる?」ということか。
僕はそれを、手をかざして制する。
志乃はつまらなそうに唇をとがらす。

「なぜ俺達を尾行するんです」

このバレバレな尾行も、懐かしい気がした。

「あの、あなたも変な人みたいだから言っちゃいますけど、
 私達のこと、変だと思ったからつけてたんじゃないですか」

志乃の、髪の先が震えている。

「――わかったわ。まさかそこまで警戒されるとは思わなかった」

女が口を開く。
さっきまでみたいな、作った口調じゃなかった。




165 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:46:45.08 ID:tp5gs/XQo
123

「あなた達、変なもの、見えてるでしょう」

あのグロかったりキモかったりするやつのことらしい。
なんだかわからないけど、普通の人には見えていそうにないので、
僕等も気付かないふりをして過ごしている。
僕等はだまってうなずいた。

「注意深く生活してるみたいだけど、無意識に避けてるものね。
 それ、人間からは、何もないのに大げさに何かあるみたいに迂回してる人みたいに見えるわ。
 道端の吐瀉物でも避けてるみたいに、あるいは顔の前の蚊柱を避けるみたいにね」

彼女は忠告しているようだった。

「我慢してるつもりだったんだけどな――」

「だって気持ち悪いんだもん」

「勘のいい人間なら気付くわよ。あれに対抗するのはいいけど、隠れる方法も身につけなさい」

「おねーさん、何?」

志乃がえらく挑発的な物言いをする。
女は少し寂しそうに見えたような気がした。




166 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:47:16.48 ID:tp5gs/XQo
124

「私はあの世の住人。地獄の門番。鬼――好きなように定義するがいいわ」

彼女は、ここで初めて笑ってみせた。
そして、目を細めて僕らを凝視しながらつぶやく。

「半端な化け猫と――また中途半端な――吸血鬼? 夢魔?」

化け猫は僕のことで、吸血鬼とか夢魔とかいうのは志乃のことらしい。

「夢魔ってアレ!? サキュバスぅ!? ひどい! 私はそんなエロいのじゃないもん!」

「だってあなた――彼の淫の気が大好物みたいじゃない。
 彼の欲を精気として受け取る度に、己の美貌と力に転化してる」

「でも、志乃がそんな危険には思えませんけど。夢魔だったら死ぬまで吸ってきそうじゃないすか」

「だってあなた人間じゃないもの。そりゃ無事だわ。よかったわね、猫ちゃんが憑いてて」

「さっきから失礼だよ!」

イライラを募らせた志乃が、女の目の前まで爪を長く鋭く伸ばして突きつけた。




167 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:47:55.88 ID:tp5gs/XQo
125

女はまばたきもしない。

「これ、人間相手に使ったことは?」

志乃の爪の先を、指の腹で押しながら女が訊く。
指を離すと、血が丸く溜まっていた。

「ない。でも、おねーさんは人間じゃない」

「寂しいこと言うのね」

「あなたが志乃に失礼なこと言うからですよ。
 普通の女子はあれを侮辱と取りますよ。謝ってください」

「あーもう、悪かったわよ」

志乃は爪を納めた。

「普通の、女子ねぇ」

「そう、女子」

「ちょっと変わってるけど概ね普通の女子です」

志乃が僕を睨む。

「あなた達、あれと戦えるなら私を手伝ってちょうだい」

「手伝う?」

「あなた達が見てるものは、良くないものよ。
 人に害をなそうとする意志。悪意。殺意。呪い。
 人を呪い殺した人間が来るとこなんて、想像つくでしょ?
 私は地獄の門番。私の役目は呪殺を達成させないこと。呪いを殺して、門前払いにすること」

「それって、いいこと?」

志乃が上目づかいに訊く。

「悪いことではないわね。それに、正体の隠し方も鍛えてあげられる」




168 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:48:27.76 ID:tp5gs/XQo
126

志乃の意思は決まっている。
僕も、悪くない気がしていた。

この先――僕と志乃がうまくいって、さらにめでたいことに子供まで出来た場合、
きっとその子は普通の人間ではない。
人間の世界で生きる術を、教えられるようになっておくべきだと思った。

「乗った」

「俺も」

「じゃあ、気が向いたらここに来てちょうだい。私のオフィスよ」

と、彼女は名刺を置いて立った。
白い紙に濃いグレーで印刷してある。
黒じゃないのは、ソフトな印象を狙ってのことか。



『ナオミの部屋』



これが彼女のオフィスとやらの名前だろう。

「ひどい名前……」

僕が思ったことを、志乃がそのまま口にしていた。

「私は環。それじゃ」




169 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:48:54.58 ID:tp5gs/XQo
127

僕の中で、何かがかちりと音を立ててはまった。
その図は漠然としていて、何が出来上がったのかわからない。
名刺を見つめる志乃の目がきらきらしている。
あれだけ険悪な雰囲気だったのに、彼女は懐かしいものを確信している。

「ねえ、明日、片付け終わったら――」

「行こう」

「いいの?」

「行こう」

そういうことになった。
きっと同じことを考えていた。
何より、そうであるべき形が戻ってきた気がした。

まだ暑い夏の終わり。夜は寒い秋口の頃。
半端な人間で、半端な化け物な僕等が、人間らしく生きるために人間離れしたことをしようと決めた話。



170 名前: ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:50:22.78 ID:GIMgCT76o
男「人間やめたったwwwww」完


171 名前: ◆CIZA6sfEUc:2012/11/18(日) 23:52:00.27 ID:GIMgCT76o
こんばんは。
随分間があいてしまいました。すみません。

これで終わりです。
ここまで付き合ってくれた方、ありがとうございました。



172 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2012/11/18(日) 23:52:02.18 ID:DysvdiWJo
おつ!


173 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都):2012/11/18(日) 23:56:52.44 ID:6i+O7/AVo

楽しかった


174 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府):2012/11/19(月) 00:09:58.31 ID:baV4j1t3o
完走おつ


175 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/19(月) 00:11:23.63 ID:xms78hyco
おつ!


176 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2012/11/19(月) 00:34:52.44 ID:21IcSifFo
きれいに終わった


177 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/19(月) 00:36:51.81 ID:rzgS0eK0o
乙でした。面白かったです


178 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/19(月) 00:38:26.85 ID:EVAwCIRDO

後日談とかあれば嬉しい



179 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/19(月) 01:24:54.37 ID:Mg3X8Yg5o
見事だった!
乙!


180 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/19(月) 01:28:19.40 ID:BTgCO83mo
乙!
終わりなのか寂しいの


181 名前: ◆CIZA6sfEUc:2012/11/19(月) 12:52:04.93 ID:Rp6Bx2AJo
>>172-180
乙ありがとうございます。
惜しんでくれる人がいるうちに終わるのが良いかなと思います。
気が向いたらまた何か書きます。


182 名前: ◆CIZA6sfEUc:2012/11/19(月) 12:58:53.09 ID:KFpbijuTo
必要あるのかないのかわからないけど、一応転載の可・不可について言及しておきます。

転載okです。
沢山の人に読んでもらえると嬉しいです。

自分でまとめているのでここでも読めますが、
たぶんスレタイで検索してもらわない限りたどり着くことはないと思うので。

http://passageto7thheaven.blog.fc2.com/



183 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県):2012/11/19(月) 12:58:59.60 ID:Aa5oYjmlo
乙様

長かったようで短かった、楽しかったです。


184 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/19(月) 14:28:05.25 ID:DWygibsIO
終わりか

なんだかさみしいな


185 名前: ◆CIZA6sfEUc:2012/11/19(月) 22:23:38.25 ID:jpoEGwnZo
>>183,184
ありがとうございます。
そう言ってもらえると嬉しいです。

さっきhtml化依頼出してきました。



186 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/20(火) 23:04:23.57 ID:F79b4DhC0
次回作とか考えてる?


187 名前: ◆CIZA6sfEUc:2012/11/21(水) 00:00:27.22 ID:eONrPrWSo
>>186
何を書くかは決めてませんが、書くつもりではいます。
書くのは好きなので。
関連記事
[ 2012/11/24 22:44 ] 人外系,生き物系SS | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL
http://yajirusiss.blog.2nt.com/tb.php/604-b7272ebf

プロフィール

LACK

Author:LACK
うーっす
当ブログはノンアフィリエイトです
何か(不満、ご希望、相互リンク・RSS、記事削除、まとめ依頼)等はコメント及びメールフォームまでオナシャス!
SSよみたいかきたい!!!1
不定期更新で申し訳ない

カテゴリ

アクセスランキング ブログパーツ