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女「人間やめたったwwwww」10/10


女「人間やめたったwwwww」



840 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/14(月) 22:02:47.45 ID:DJ1jtdsuo

―――――ある夜・台風の夜―――――

雨が窓をばらばらと叩く。
雨音にまぎれるメール着信音。
日中から断続的に続く、志乃との短いメールの応酬。
嵐の夜はそわそわする。

――よし、T.M.Revolutionやってくる。
――気を付けて。
――そこは止めてー。

そんなどうでもいいことばかりやりとりしている。

(お義姉さんはどうしてるかな)

薄暗い、清潔な事務所。
白いインテリア。
少し香りのきつい蘭の花。
ここで、僕は初めて気づく。
彼女の顔が思い出せない。





元スレ
女「人間やめたったwwwww」
SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServise掲示板




841 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/14(月) 22:03:36.08 ID:DJ1jtdsuo


――お義姉さんって、顔どんなだっけ?
――びじーん\(^O^)/
――そうだった気はするんだけど……。

(なんでオワッテんだよ……)

使いどころを間違えている顔文字に、心の中でつっこみながら考える。

――あ、今ピーポーが通ってった。

志乃に言わせれば、緊急車両は全てピーポーらしい。

――誰か用水路の様子でも見に行ったんじゃないか。死亡フラグ。
――やだなー。危ないのに。やだなー。
――自分にはそんな災難振りかからないと信じてるんだろ。たぶん。




842 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/14(月) 22:04:13.89 ID:DJ1jtdsuo


他人事だった。
翌朝になれば新聞やテレビの中の、何かを隔てた別の世界の出来事になる。
そして公園でインタビューにつかまった主婦が答えるのだ。

――やっぱり小さい子供がいるんでー、心配ですねぇ、はい。

最後の「はい」は間延びしているのがお約束だ。

完璧に他人事だった。




843 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/14(月) 22:05:40.35 ID:DJ1jtdsuo


他人事と決めこむことは、良くないんだろう。
でも、当事者になるのはもうたくさんだ。

夏休みの終わりに起こった通り魔事件で、志乃は一度死んだ。
死んだというか、人間としての生を強制終了させられたというか。
瀕死のところを、同じく瀕死の重傷を負ったお義姉さん――吸血鬼に血を分けて、返してもらった。
後に志乃は「助けあい精神ですな」と語った。

それで終わっていれば「優しい鬼さんも居たもんですなぁ。HAHAHA」といい話でおしまい――
なのだが、現実はそう簡単には終わらせてくれなかった。




844 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/14(月) 22:07:10.23 ID:DJ1jtdsuo


志乃はヴァンパイアのなり損ない――半端なヴァンパイア――ヴァンプとして第二の人生をスタートする羽目になった。
僕は僕で、志乃が半端な生き物になってしまったのは僕のせいだと難癖をつけられ、「呪い殺し」の手伝いをしている。

人生、何があるかわかったもんじゃない。
僕だって先祖の因果で猫に祟られていたし、その猫に許しを乞うため、夜の山を歩いた。
何の装備もなく、軽装で。
今思えば自殺行為だ。

そんなでたらめを、僕はこの1カ月受け入れ続けてきた。




849 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/16(水) 23:43:27.03 ID:GdTfpJv+o



何気なく指輪をいじる。
僕達が呪い殺しを手伝う上で、身を守る術がほしいと頼んで貰ったものだ。

友達の長野の助言も受けつつ、僕はひたすら円を描く練習をした。
この指輪は、精神力(のようなもの)を増幅して放出するアンプのようなものなんだろう。

仕組みはよくわからないが、実際に一度は守られた。
そのときのことはよく覚えていないが、気づいた時には指輪はなかった。
その代わり、はめていた指にはぐるりと傷がついていた。
壊れてしまったのかもしれない。

だから、今僕がつけているものは二代目だ。




850 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/16(水) 23:44:00.33 ID:GdTfpJv+o


呪いは嫌なものだ。

虫だったり、いびつな影だったり。
ヘドロ状だったり、何重にも絡むヒモ状のように見えたりもする。
そういう気持ち悪いと認識されるようなものとして、僕の目には見える。

お義姉さんは、僕が呪いを見ていることに驚いていた。
でも、彼女が見ているものと同じものを見ているのかは、僕にはわからない。
志乃は半人半妖の身だから、彼女に呪いが見えるのはわかる。
が、僕は祟られている以外は普通の人間だった



851 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/16(水) 23:44:51.47 ID:GdTfpJv+o


心細くなって、志乃にメールを打つ。

――あの猫。
――どの猫?
――俺に憑いてた。
――どうしたの? まだおかしい?
――いや、あの猫な、女の子らしい。
――女の子ちゃん?
――俺は男だと思ってたんだ。あいつ、俺の中で「ぼく」って言ってたから。
――たぶん、ずっと男子に住んでたからだよ。
――今度会ったら、「私」って言うように説教してやる。
――めんどくさー。

生まれる前に母と別れた子猫は、数日前、七代越しにきちんと別れを果たした。



852 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/16(水) 23:45:29.87 ID:GdTfpJv+o


これでよかったのか、と思う。
これでよかったのだ、と思わなければ、後ろめたさで胸が悪くなる。

僕は自分が助かるために、罪のない母猫を成仏させた。
いや、人に祟って仇を討とうとしたのは良くなかったかもしれない。
「彼女」の罪は、そんなところだ。

この世とあの世に、母娘を別れさせた。

僕に恨まれる要素はない。
もっと言えば、ご先祖様だってせいぜい今でいうところの「過失致死」罪だ。
それでも、どれだけ自分の心が楽になるような理屈を考えても、やっぱり取り返しのつかないことだった。




853 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/16(水) 23:46:03.50 ID:GdTfpJv+o
10

不思議なことはいくらでもある。
人に害をなす呪いだってあるし、それを退治する「呪い殺し」だっている。
自称・義理の姉は吸血鬼だし変身もする。
血液はそんなに必要としないものの、定期的に精液を欲するようになった志乃のために、
「食事」の仕方まで教えている。
非常識なことが、当たり前に起きていた。

それでも。
命だけは。
命の不可逆性だけは変わらなかった。

母猫が成仏してからは、僕に起こっていた異変は消えた。




854 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/16(水) 23:46:41.57 ID:GdTfpJv+o
11
猫の会話も、人語では聞こえなくなった。
やたら利いていた夜目も、人並みに戻った。

子猫は夢に出てこない。
まだ、いじけているのかもしれない。
猫の親子が会えなくなったのは僕のせいだ。

僕は、本当に親の仇になってしまった。

それをすまないと思っても、いくら悔いても、何も戻らない。
僕だって、そうしなければ遠からず重篤な害を受けていた。
安堵していたけど、気分は晴れない。

だったら、どうしていればよかったのだ。

わからない。

猫がいなくなっても、僕が死んでも、取り返しはつかない。

僕にできるのは、僕の中に残った子猫を想ってやることくらいだった。



862 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/23(水) 22:04:27.84 ID:HFteIBFpo
12

どれだけ考えても、気分が楽になるような答えは出てこない。

「寝よ」

明日になれば台風も過ぎているだろう。
そしたら、週末は文化祭だ。

山から帰ってからの僕はといえば、どことなく腑抜けていた。
祟りから解放された弾みで志乃に手をだしてもよさそうなものだったが、そうもいかなかった。
温泉でのあれ以来、僕らの間にエロスなイベントは起こらなかった。

(志乃の腹具合は大丈夫かな)

僕の気分が乗らなかったのも、志乃が遠慮しているのもあるのだろう。
明日は少し積極的に出てもいいと思った。




863 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/23(水) 22:05:13.01 ID:HFteIBFpo
13

―――――翌日の放課後・ナオミの部屋―――――

「おねーさんいないね」

「仕事かな」

「なんか用だったの?」

「いや、特には」

今日はバイトの日じゃないが、僕は志乃をここに誘っていた。
邪魔されない場所が、自宅とここの他に思いつかなかったのもある。

「珍しいなー。春海が用もないのに来たがるの」

志乃は上機嫌でレンタル店の袋を探る。

「いや、その、スキンシップが足りないと思いましてね」

「いやんえっちー」

志乃は平坦な声で答えると、両膝をついてテレビに向かった。
こっちに尻を突き出している形になった。

(これは喜んでるな……)

そうでなければ、うつ伏せでなおかつスカートの裾をガードしているはずだ。




864 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/23(水) 22:05:53.30 ID:HFteIBFpo
14

志乃がお義姉さんに買ってもらったというゲーム機にDVDを入れて再生する。

「何借りたん」

「ふふふーん」

僕としては、そんなんどーだっていいから台風のせいにして温めあいたいのだ。
台風は過ぎたけど。
脳内で西川の兄貴が特長のマフラーをぶん回す。

「タランティーノ?」

「なんで?」

彼女は四つん這いのまま、顔だけで振り向く。
わずかにスカートの端が持ちあがるが、なぜかあと数ミリが重い。

「ああ、こっちの話」

股間に潜む魔弾の射手が引き金を引きたがっているわけですよ。
今日は憂鬱な日々から立ち直ろうと、あえてトリガーハッピーな気分で臨んでいるのだ。



865 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/23(水) 22:17:20.90 ID:HFteIBFpo

15



『イェエエエエエエアアアアアイ……!!』




いきなりのご機嫌なサウンドにびびる。
志乃はいつの間にか座っていて、ご機嫌で縦ノリしている。

画面では、サングラスをかけた赤毛のおっさんがモータボートの上でキメている。

「志乃、なにそれ」

「科捜研マイアミ」

ケースにはCSIと書かれている。
何の略だろう。

「マイ……アメリカ?」

「うん。お米」

「お前、海外ドラマ好きだったっけ」

「おねーさんのオススメだってさ。これを参考にして仕事をするらしい」

「なんだろう。絶対お手本間違ってる気がする」

「そんな。見もしないで言うのはやめたまえ」

「しょーがないなー。一話だけ付き合ってやるよ」

「見れー」

と、志乃は自分のとなりに座布団を引っ張って、ぽんぽん叩いた。 





871 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/24(木) 22:28:54.86 ID:rm/B7sWlo
16

―――――1時間後―――――

「どうよ。面白いだろう」

「お前だって見るの初めてだろ」

「必要ない。現場が語ってくれる」

かけてもいないサングラスを外す仕草で言う。

「あーあー。影響されちゃって」

「つづきつづきー」と、メニュー画面を操作しようとする手を邪魔する。

「なによぅ」

「その西部警察マイアミが面白いのはわかったから、続きは今度な」

「ちぇー」

テレビから志乃の興味が途切れた隙に、リモコンで切った。
彼女の頭を支えながら畳の上に押し倒す。




872 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/24(木) 22:29:33.57 ID:rm/B7sWlo
17

志乃は目を閉じて顔をそむけている。

「嫌?」

「いやいやいや」

僕の胸板を押して首を振る。

「嫌か……」

「あああそうじゃなくて間が空いたから! 空いたから恥ずかしいの!」

「そうかー。じゃあこれからはもっと頻繁にエロいことをしようそうしよう」

「うわあああああ……」

目も開けられないらしい。
志乃の横に転がる。

「で、どうなんよ。実際」

「何がよ」

「察してよ」

「ムリポ」

「やらないか」

「はああああああああ!?」

志乃が逃げるように体を起こす。




873 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/24(木) 22:30:10.57 ID:rm/B7sWlo
18

僕を見下ろす顔が赤い。

「な、なんだね君は! あれか! いい男か!」

「おーおー。動転しているな」

「黙れ童貞」

「童貞ですけど」

「うわっ、なにその余裕。ファック。まじファック」

「はいはい」

一通り騒がせた方が早く静かになってくれそうだ。
少し黙ると、志乃は指で僕の体を気まずそうにつついた。

「あ、あのさー」

「うん?」

「……やぶさかでない」

「もっと可愛らしく承諾してくれ」

「い……いいよ。いいけど」

と、彼女はうつむく。




874 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/24(木) 22:30:43.21 ID:rm/B7sWlo

19

「いいけど、ちゃんと言ってくれないといやだ」

「言ったよ」

「ちがーう。そんなどっかから持ってきたようなんじゃなくて」

「ああ、自分の言葉でってことね」

「うんうん」

そう言われると弱いのが僕だ。
どう言ったものか。

「志乃」

「ん」

「お前は俺と生きていたいって願ったから、人間やめたんだよな」

「ん」

「生きててよかったって思えるようにがんばるからさ」

肝心なところ、どういったものか。
あんまりきれいな言い回しも、僕の性には合わない。

「抱かせてくれ。性的な意味で。俺も生きててよかったって思いたい」

志乃は半分泣きそうな顔で笑った。

「性的な意味で。は要らないよぅ」

その顔を見て、妙な満足感があった。



885 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/30(水) 23:18:42.87 ID:zMID3ah1o
20

「そうと決まれば――」

さっと押入れのある方向に視線を走らせる。
あの中にはお義姉さんが要らぬ気を利かせて備え付けたお徳用なアレがあるのだ。

「あ! あのさ春海」

「なんだね」

志乃が申し訳なさそうな顔になる。

「やる気になってるとこ悪いんだけど、ここじゃやだ」

「なんですと」

僕のスカイツリーが解禁になろうとしているのに、なんですか。
このハレの日に、君の琵琶湖は凍結するんですか。

「最大なんだ……」

「なにが」

「いや、琵琶湖がな……」

彼女は体を引いて訝しむ。



886 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/30(水) 23:19:36.82 ID:zMID3ah1o
21

「あの、やっぱり初めては家がいいなって思っただけなんだけど」

「ほう」

「で、うち、今日は親遅いって言おうとしたんだけど」

「ほう!」

思わず顔全体で笑ってしまう。
琵琶湖訂正。カルデラ湖。世界最大。
君の阿蘇に急行。
今すぐにでも草千里を駆け抜けたい。はっしはっし。

「……君はキャッシュな男だなぁ」

「よっしゃ、行くぞ。九州新幹線。君のおっぱいは世界一」

立ちあがって志乃の手を引く。

「なにそれ意味わかんない」

志乃が唇をとがらせる。

「大丈夫だ。俺にもわからん」

その唇をふさいで、ついでに少し噛みついた。




887 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/30(水) 23:20:08.81 ID:zMID3ah1o
22

―――――夕方・志乃の家の近く―――――

小学校の前を過ぎた。
橋を渡ってしばらく歩くと志乃の家だ。

(またの名を、僕の童貞喪失記念館)

そんな、スカイツリーの報道くらいどうでもよくておめでたいテンションなことを考えていた。

志乃が僕をつついて我にかえった。

「ねえ、ピーポー近くない?」

「赤いの? 白いの? パンダ?」

「ドクターとポリスメン」

僕には聞こえなかった。

「――近づいてきてる。何かあったのかな」




888 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/30(水) 23:20:43.32 ID:zMID3ah1o
23

「なんだろうな」

「なんだろね」

川は過ぎた台風で増水している。
水面の流れはゆったりとして見える。
でも、その下の水流のエネルギーの大きさを考えると、股間がひゅっとなった。

川沿いに少し北へ行き、橋の近くに来ると、救急車が止まっているのが見えた。
仕事が終わった人が帰ってくるには少し早い時間。
救急車の横にはパトカー。
その近くに、黄色い帽子をかぶった子供が何人か並んでいた。

「ねえ、あれまさか――」

「考えたくないけど、いや、でも」

「事故かな」

「わからない」




889 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/05/30(水) 23:21:12.56 ID:zMID3ah1o
24

「ごめん。今日はそういう気分じゃなくなっちゃった」

最悪の場合を考えたのか、志乃の顔は白い。

「だろうな」

「断っといてなんだけどさ、親帰ってくるまでいてくれないかな」

僕は黙って何度かうなずいた。
人が死んだかもしれない現場に居合わせてしまった。
正直言って、今ひとりで帰るのは心細い。

(お義姉さん、どこにいるんだろ)

明後日の方向にぶっとんだ世話を焼いてくれる、志乃の姉貴分。
ろくに顔も思いだせない彼女に、会いたくなっていた。



895 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/03(日) 23:02:52.19 ID:I25W59XGo
25

―――――志乃の部屋―――――

志乃がコーヒーを淹れてくれるというので、僕は階段に放置してあった新聞をベッドに腰かけて読んでいる。

(そういえば、昨日の夜中もこの近所で――)

なんとなく気になって地域欄をめくる。
『小学生男児1人不明』のゴシック体に目がいく。

志乃のメールを思い出す。
あれは、心配した両親が通報したんじゃないか。

それなら、さっきの救急車は何だ。
川の水量からして、無事でいるには時間が経ち過ぎている。
残念だけど、この記事の子が見つかるとき、生きてはいないだろう。

(じゃあ、さっきのは別件か?)

だとしたら、同じ場所で、似た条件の被害者が出たことになる。
背中を冷たい汗が流れた。




896 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/03(日) 23:03:29.24 ID:I25W59XGo
26

不意にドアがノックされた。

「うわああ」

情けない声が出た。

「はーるみー。あーけーてー」

ドアを開ける。
両手にカップを一つずつ持った志乃が入ってきた。

「はい、薄めのブラック」

両手で受け取る。熱い。

「でー、私のは牛乳が激しいコーヒー牛乳―」

くるりと身を翻し、僕の隣に腰かける。
志乃はカップに口をつけながら、新聞に気づいたのかそれを手に取った。
一気に飲み下すと、カップを机に置いて記事を睨みつける。

「志乃、やっぱりそれ昨日の――」

「――だと思う」

志乃は新聞を床に放り出して寝ころんだ。

「気の毒だけどさ、他人事は他人事なんだよ」

彼女は掌で顔を覆って吐き捨てる。




897 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/03(日) 23:03:59.17 ID:I25W59XGo
27

「でも、あのサイレンは他人事じゃない。嫌でも思い出す」

「ああ……」

彼女も被害者だった。
別件で、通り魔だったけど。

「もう治ってるのに、まだ痛いような気がするんだ」

包帯をぐるぐる巻きにしていた彼女の両手を思い出した。

「あいつは私が殺したのに」

(そして僕はそいつに殺されかけた)

ぐす、と洟をすする音がした。
彼女は目元をこすって起き上がり、僕に抱きついてきた。

「志乃、あぶないって。俺コーヒー持ってる」

「そのへんに置いちゃってよ」

「うーん……」

濃厚な花の香りが、鼻腔に満ちていった。




901 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/05(火) 22:54:01.29 ID:o+9GK82So
28

志乃はそのまま僕を押し倒して、胸に耳を当ててぐりぐりする。

「痛い」

「うーん。ドキドキしてますなぁ」

「生きてる証拠―」

「あたしは? どう?」

僕の手を取って、自分の左胸に押しつける。
でも、心臓は左右の肺の真ん中に位置するものだし、強く鼓動を感じられる左の心筋は乳腺と脂肪の下だ。

(わかりませんとは言えないな)

「う、うん……」

志乃が空いた手で僕の口を開けて、舌をねじこませてくる。
口の中いっぱいに花を詰め込まれたように、甘い匂いが充満する。
薄く目を開けると、彼女は年には不相応な淫靡な微笑を浮かべていた。




902 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/05(火) 22:54:34.76 ID:o+9GK82So
29

「しの」

「うん?」

彼女は唇を離し、唾液で濡れた口元をぬぐった。

「今、どっちだ?」

「そんなの。どっちだっていいじゃない」

その手を僕の股間に伸ばして、ジッパーの上からブツをまさぐる。

「どうでもよくねえよ。お前大丈夫か」

勢いは大事だけど、勢いだけで後悔されたくない。
彼女の動きがぴたりと止まる。

「私の体がこうなのは、しょうがないよ。人間やめちゃったんだし」

「いや、だから大丈夫かって」

「正直なところ、不安定だよ。この状況だもん。でも自棄なんかじゃない」

一瞬だけ、いつもの顔に戻っていた。




903 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/05(火) 22:55:05.03 ID:o+9GK82So
30

「ちょっと動揺したくらいで、安心したいからって体を任せるような馬鹿じゃないよ」

いつの間にかベルトが抜き取られている。

「そうか」

「私ってかしこーい」

彼女の指が、僕のシャツのボタンにかかる。

「そりゃよかったな」

心残りはどこかに行った。
僕の性ホルモンはエンジェルフォールのごとく、だばだばと流れ出る。

(あれ、何か忘れてるような……)

髪をかき分けて首を舐めると、しょっぱかった。

(うん。志乃も生きてる)

「どしたの。真顔になっちゃって」

「いや、その」

「ああ、心配要らない。これ」

と、スカートのポケットから小さな平たい小袋をつまみ出す。
アルミっぽい、正方形の。





904 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/05(火) 22:55:30.70 ID:o+9GK82So
31

「お前、いつの間に」

「おねーさんが持っとけって。自分の身は自分で守れってさ」

「俺、そんなに信用ないかな」

「さあ?」

彼女は立ち上がり、電気を消した。
僕は裸が見たいのに、そこはきっちりしてるのか。

「やっぱり、痛いってほんとかな」

下着の裾から指をすり込ませると、志乃は体をびくつかせた。
中は既にぐちゃぐちゃだ。

「うーん、善処する」

彼女は喘ぎながら何度かうなずいた。


912 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/08(金) 23:59:04.24 ID:BbwiwRqgo
32

(善処するとは言ったものの……)

指を動かすと、志乃の腰がくねる。
目の前で胸が重たげに弾むのを見て、たまらず乳首にしゃぶりつく。

「ふっ、う、ああぅ」

志乃が嬌声を上げながら、僕の頭をかき抱いてのけぞる。

(どれくらい濡らせばいいんですか。僕にはわかりません)

しばらく手探りで彼女をいじり倒していた。
ふと、志乃の手が僕の性器を遠慮がちに握った。

「う、うー……えっと」

「あ、平気かな」

「知らないよぅ」

「いいと思うけどさ」と消え入りそうな声で続ける。




913 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/08(金) 23:59:36.48 ID:BbwiwRqgo
33

太ももをさすると、内側に分泌液が垂れていた。

「すごいな」

「言うなばかあぁ」

彼女はうつむいて首を振る。
髪の先が肩のラインで踊る。

「じゃあ遠慮なく」

これ以上我慢しても、暴発しない自信がない。
用意の良さに半分呆れながら、戸惑いつつゴムをつける。

志乃を仰向けに転がし、脚の間に体を割り込ませた。
先端をあてがい、少し腰を沈めると

「いっ――」

志乃の全身がこわばった。

「――ったくない。痛くないし。全然痛くないし」




914 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/09(土) 00:00:13.84 ID:VF7UOPf7o
34

「無理するなー」

僕の肩を掴んでいる指がめり込んでいる。痛い。

「力抜いたら? リラックスリラックス」

「が、がんばる」

「がんばっちゃだめだろ、そこ」

彼女は、ふうっと長く息を吐いた。

「ん。きて」

抱えた脚は、くったりと力が抜けている。

(この無駄な集中力……)

入り口の抵抗に遭いながら、何度かわずかに腰を引きつつ挿入していく。
粘液にまみれた温かい肉が、全方位から握り込んでくる。
口の中とは違う。僕は感動していた。

「志乃、入ったよ」

「はっ――あっ、うんっ。こ、こんな感じなんだぁ」

(こんなときまで好奇心に満ちた物言いしなくても……)

苦笑する余裕はなかった。

それからは無我夢中で、射精まで早かったのか遅かったのかも覚えていない。




915 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/09(土) 00:01:01.98 ID:VF7UOPf7o
35

―――――志乃の部屋・夜―――――

着信音で飛び起きる。
すっかり眠っていた。
隣で志乃が話している。

「――うん。うん。わかった。気を付けてー」

暗いが、見えないこともない。
部屋に散乱した服を眺めて、僕は脳内で勝ち鬨を上げる。

(やった! 一発やらずに死ねるかって思ってたけど、やっぱ死なない! もっとやりまくる!)

「もうちょっとで帰ってくるってさ」

「ああ、やっぱり」

「はい服着てー。急いで急いでー」

僕を追い立てながら、彼女は椅子にかけていたワンピース状の部屋着を頭からすっぽりかぶる。
僕はせわしなく服を着る。

彼女は玄関まで僕についてきた。

「じゃあ、帰るわ」

「ん」

「生きててよかったわ」

志乃が両手でがっちり僕の顔を挟んで、熱っぽいキスをする。

「こっちの台詞」

顔を離してにやりと笑うが、すぐ恥ずかしくなったのか「もー帰って! また明日!」と僕を押し出した。

志乃の家を出て、僕は歩く。

例の橋が視界に入る。


世の中には悲惨なこともあるけど、それはそれとして、幸せになることはできるんだな、と思った。



922 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/10(日) 23:45:59.04 ID:B+akV2Nzo
36

―――――翌朝・教室―――――

席に着くと、長野が携帯片手に話しかけてきた。

「見た? ニュース。新聞でもいいけど」

珍しく難しそうな顔だ。

「いや、まだ」

「じゃあこれ見てよ」

「ん? ――不明の男児、遺体で――ああ、だめだったのか」

陰気な顔になるのもわかる。

「名前が出てるでしょ。この子、妹の同級生でさ。いや、他人といえば他人なんだけど、やっぱへこむじゃん」

「お兄ちゃんとしては心配なわけだ。トラウマになったりしないかと」

「まあ、そんなところ」

「大丈夫だろ。特別仲が良かったわけでもなさそうだし」

「うーん、ちょっと気がかりなことがあってさ」

「大丈夫じゃないのはお前か」

「いやぁ、俺は大丈夫だよ」

長野は顔の前で手を振る。



923 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/10(日) 23:46:34.98 ID:B+akV2Nzo
37

「で、気がかりなことって?」

「うーん、言っていいのかな」

もったいぶっているわけではなさそうだ。
単純に、簡単に話していいか迷っているんだろう。

「後ろめたいけど言いたいんだろ。言ってみろって」

妹を気遣っているのか。

「いや、あのね。亡くなった子、ちょっと、なんていうのかな」

「いじめられてた?」

「うーん……。判断に迷うな。ただ、仲良しグループの中じゃ、立場が弱かったらしい」

「ああ……」

察しはつく。
表面的には仲がいいように見える友人がいるが、何かと面倒を押しつけられるポジションの子。



924 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/10(日) 23:47:16.17 ID:B+akV2Nzo

38

「妹さ、その子のこと無視したかもって」

「かも?」

「ちょうど帰り道で出くわして、そのときは罰ゲームか何かでランドセル持たされてたらしいのね。いくつも」

「あー……あれは嫌なもんだ」

「で、その子と目が合って――構うなって感じの、迷惑そうな顔されたからそのままスルーして帰ったんだと」

長野は目を伏せて、また携帯をいじっている。

「小五かー。ならそんな状況で女子には構われたくないだろうな」

僕なら、見られるのも嫌だったと思う。
子供だってプライドはある。

「難しい年頃になりつつあるところだしね」

「早熟ならな」

(僕が小五の頃は――どうだったかな)

ノートに漫画っぽい絵を描いていたのを思い出して、頭を抱えた。



925 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/10(日) 23:47:59.45 ID:B+akV2Nzo
39

「ん、どしたの」

「いや、なんでもない」

「――でさ、これ見てよ」

と、また携帯の画面を見せる。

「台風一過……増水した川で……小五の男児……死亡?」

同じ記事かと思ったけど、名前が違う。
記事をよく見ると、事件があったのは、昨日志乃と通りかかった時間と一致する。

(ああ、やっぱり昨日のは――)

「その子、その前に亡くなった子と同じグループだったって、妹が」

「ああ、それで――」

「この年頃の女の子って、怖い話とか霊感がどうとか、そんな話好きじゃん」

「俺はその手の話を好む子は好みじゃなかったな」

僕は怖がりなのだ。
林間学校で怖い話をしたがる奴には辟易としたものだ。
夜中トイレに行けなくなったらどうしてくれる。



926 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/10(日) 23:48:44.28 ID:B+akV2Nzo
40

「まさか、その悪ノリした女子が――」

「さすが春海。察しがいいね」

長野は忌々しげにため息をついた。

「始めに死んだ子の呪いだって言ってる。復讐だって」

「それで、お前の妹ちゃんが気に病んでるんだな」

「うん。いじめの教育ってさ、難しいよね。傍観者も同罪だなんて一様に言っていいのかな」

「ましてやその子の場合はグレーゾーン、と」

「まあね。本人は認めなかっただろうけど、見る人が見れば、そう取ってても仕方ないよ」

「妹ちゃんは自分を傍観者だと思って、もしかしたら自分も危ないかもと思ってるわけだ」

「そういうこと。今は部屋でひきこもってるよ。ま、今日が不登校の一日目だけどね」

僕の携帯が鳴った。

「あー、サイレントにしとかないといけないんだー」

長野が茶化す。
少しでも気を紛らわせたいんだろう。
「うるせー」と悪態をついて、画面を見る。

(お義姉さんからだ)



――放課後、妹と事務所に来て頂戴。



僕の頭の中で、点と点がつながり、嫌な図が浮かび上がる音がした。



933 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/15(金) 22:59:39.37 ID:BuSy30a4o
41

―――――放課後・ナオミの部屋―――――

ドアを開けると、お義姉さんは応接セットのソファに腰掛け、脚を組んで待っていた。

「仕事よ。座って」

彼女は短く言って、手元のファイルに目を落とす。
志乃の喉が微かに、くっ、と鳴った。
多分、志乃の頭の中にある画は僕のと同じだろう。

「相談者は、38歳女性――妹のご町内の人ね。家族構成は夫と息子が一人」

説明しながら一世帯分の家族写真をテーブルに並べていく。
相談者本人は、あいさつして一分で忘れてしまいそうな、普通の主婦だった。

頭の上半分の髪を後ろでひっつめ、服装はカジュアル。
子供がやんちゃ盛りで、自分の服は動きやすさ最優先だった頃から変わっていないような印象を受ける。
目は丸く大きく、あごも丸い。
丸顔で、年齢のわかりにくいタイプだ。



934 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/15(金) 23:00:13.56 ID:BuSy30a4o

42

「相談者の夫――こっちは43歳会社員――勤め先はこのあたりだったかしら」

旦那の方はなでつけた髪に眼鏡で神経質そうな細いあご。
良くも悪くもホワイトカラーって感じの風貌だ。
目は細いが、耳はややとがった立ち耳で、妙に可愛らしい。

「最後に息子――10歳。地元の公立小学校に通ってる。絵が得意みたいね」

息子はというと、父親譲りの細いあごに、自己主張の強い耳。
母親似の丸く大きな目をしていた。
ただ、すぼめたような小さな口が気になる。

(Xファイル……)

あごを引いて写っているせいか、やけに目がぎょろついて見える。
彼はどことなくグレイに似ていた。

「とりあえず、相談者とその家族構成はこんなところ」

(いや、それじゃ情報が足りない)

志乃は僕の隣で、険しい顔で携帯をいじっている。



935 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/15(金) 23:00:52.82 ID:BuSy30a4o
43

「ちょっと、聞いてる?」

珍しく、お義姉さんが志乃をとがめる。
志乃は聞こえていないみたいに、何やら操作している。

「……おねーさん。これ」

「ああ、台風の――」

お義姉さんは画面を一瞥すると、舌打ちをした。

「台風、苦手なんですか」

「苦手でなんか――。こいつのせいで出歩く人が少なかったから、その夜は空腹で困ったのよ。忌々しい」

「ちょっと吸わせてくれないかしら」と、唇を舐めながら僕に艶っぽい視線をよこす。

「うわああだめだめ!」

志乃が慌てて割って入った。

「で――相談の内容っていうのは?」

「それは……あ、でも妹が何か気付いたみたいだけど」

「ん、やっぱり先に聞く」

志乃は奥歯を噛んでゆっくりうなずいた。

「じゃあ……。相談者は息子が呪われてるって主張してるの」

僕が心配したよりは、単純な事件なのかもしれない。

「相談者はいわゆる見える人ってやつですか」

「彼女は違うわ。思い込みよ」

お義姉さんは顔の前で何か追い払うように手を振った。

「くだらない」とでも言いたそうだった。




936 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/15(金) 23:01:33.54 ID:BuSy30a4o

44

「まあ最後まで聞きなさい。
 相談者の息子の友人が立て続けに二人亡くなった。同じ場所で、同じ死因で。
 息子は絵を描くことが好きで、たまたま相談者が彼の最新作を目にしたところ――」

脳裏に、佐伯(兄)の部屋の光景がフラッシュバックする。

「幽霊みたいな姿の、彼の友人が描かれていたそうよ。
 他には、地獄の釜みたいになってる用水路や水場の絵――」

「――あ、でもその年頃の男の子って、物騒なモチーフの落書き大好きですよ。髑髏とかドラゴンとか」

「でも、さすがに友達の幽霊はないよ……」

志乃が重たい口を開く。
どこか諦めているように見えた。

「春海、長野君と話してたじゃん。いじめられた子の復讐がどうこうって」

それは断片にすぎない。
そう言っていたのは長野の妹のクラスのオカルトかぶれの女子だ。

僕は、朝のやりとりを説明した。
「無関係ってわけじゃなさそうね」

お義姉さんが髪をかきあげ、そのまま頭を掻く。

(じっちゃん……)

「関係大ありでしょ」

志乃もそれを真似する。

(はじめちゃん……)



937 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/15(金) 23:02:13.35 ID:BuSy30a4o

45

「それでその、依頼人の用件って何なんですか? 子供の保護? セラピー?」

カウンセリングなら、こんな胡散臭い僕等よりもまともな専門資格のある人にかかった方がいいだろう。
お義姉さんは首をひねる。

「まさか、途中でめんどくさくなって用件聞いてないなんて言わないですよね」

「そ! そんなわけないじゃない! 聞いたわよ! 一言一句漏らさず!」

「ああ、聞いてないんですね」

「はい! ……あの、現場行かない?」

志乃が控えめに挙手する。

「そこがスタートだろうしなぁ……」

「わ、私も同意見よ。ていうか、今それを言おうとしてたのよ」

(この人、腹減ったらいい加減になるんだな)

気を付けよう。

「じゃ、行くか」

「行こー」

「行きましょ」

そういうことになった。





941 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/18(月) 23:27:48.04 ID:XrBxEj7Mo
46

―――――現場―――――

「これは……思った以上に……」

「昨日はこんなんじゃなかったのに」

「ああ……これはエグいわね……」

僕達は、事件現場の橋の上にいる。
ちょうど、救急車とパトカーが停まっていたあたりだ。

川の水量は落ち着きつつあるものの、増水したままだし、ゆったりして見える水面は相変わらず不気味だった。
そして僕等には、その水面をびちびち跳ねるヘドロや裏返して内臓をむき出しにしたナマコみたいなものが見えている。
腐った海藻のからまった臓物みたいなのが、意思をもったようにうねうねと蠢きながら浮き沈みを繰り返し、下流へ流れていく。

「俺、もうモツ鍋は食えないわ……」

「うわぁ……キモ……まじキモ……」

志乃が隣で口の悪い女子高生みたいなことを言う。




942 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/18(月) 23:28:30.94 ID:XrBxEj7Mo
47

「あああ、今、指がいっぱいある手がもがいてた」

「やだ、気づきたくなかったのに」

ひとしきり、キモいキモいと騒ぐ。
お義姉さんは、こんなのと一人で向き合い続けてきたのか。

「あなた達、文句言ってないで手掛かりの一つでも見つけなさいよ」

「と言われましてもー」

志乃は欄干にもたれ、上を向いた。

「お義姉さん、ここに、最初に亡くなった子はいますか」

長野の話を思い出した。



――初めに死んだ子の呪いだって言ってる。復讐だって。



彼が呪っているなら、ここに留まっているはずだと思った。
彼女は川の中を凝視する。
僕はしたくない。

「ここには――いないわ。念のため、あの世に行ってないか照会かけてみる。亡くなった子たちの名前を教えて」

僕は控えていたメモを千切って渡した。
お義姉さんは「ありがと」と短く言って受け取ると、何やらメールを打っていた。

(あの世ってハイテクー)

地獄行きにさえならなければ、死後の世界はそれなりに快適そうに思えた。




943 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/06/18(月) 23:29:00.39 ID:XrBxEj7Mo

48

三人でしばらく、白日の下で煮込まれたハズレしかない闇鍋を眺めていた。
手掛かりになりそうなものは見えなかった。

数分後、お義姉さんの携帯にメールが返ってきた。

「あー……まだあっちには行ってないみたい。まずはその子を探してみましょう」

「となると――まずは自宅ですかね」

「気が進まないなぁ。お葬式で留守かも」

最初の事件発生から、二日しか経ってないのだ。

「その方が都合がいいわ」

お義姉さんは、彼の自宅も知らないのに歩き出していた。

(また超法規的措置という名の不法侵入に走るつもりだな)

「あのー、ほんとにこっちなんですかー?」

僕と志乃は、慌てて追いかける。

「さっき照会ついでに、自宅も教えてもらったの。こっちよ」

それなら、と、素直についていくことにした。



953 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/01(日) 23:06:02.32 ID:jWrTuuAfo
49

―――――最初に亡くなった児童の家―――――

死後、不吉な噂を立てられた不名誉な仕打ちを受けた子供の住んでいた家は、普通の家だった。
自転車が飛び散った泥をかぶったまま横倒しになっている。
車はない。

(今頃、葬儀場かな……)

何度かインターホンを鳴らす。
応答はない。

「留守ですね」

となると、お義姉さんが侵入するには都合がいい。
ドアに手を掛けると、抵抗なく開きそうだった。
なんとなく嫌な感じがして、そのまま開けることはできなかった。

「鍵、開いてるみたいですけど」

「私が開けるわ。あなた達は下がって」

門まで下がって、志乃の前に立った。
僕の頭の中は、空中に円をイメージすることでいっぱいだ。

「志乃、口開けるなよ」

「なんで?」

「前、お義姉さんから言われたんだよ」

「なんかよくわからんけどわかった」

お義姉さんはドアの前に立つと、僕らを振り返った。
僕は黙ってうなずく。
志乃は手で口を塞いで、何度かうなずいた。

「開けるわよ――」

僕も左手で口を塞ぎ、右手を構えていた。




954 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/01(日) 23:06:48.35 ID:jWrTuuAfo

50

静かにドアが開かれ――
お義姉さんが黒い渦にのまれたのを見たと認識した瞬間、吸盤のついた無数の足がこっちに向かって伸びてきた。
僕の反射神経も捨てたもんじゃなかったらしい。

(これはタコだ)

粘液にまみれたどす黒いタコ足が、僕らをとらえようと盾を乱打する。
突き出した右手に、衝撃が痛い。

「ぐぅっ!」

口を開けてはならない。左手を顔に押し付ける。
呼吸は浅く速く、苦しくなっていく。

(たのむよ! もってくれよ!)

右腕に静脈がぼこぼこと浮き出てくる。
志乃に逃げろと伝えたいが、声が出せない。
ついに上腕の皮膚が破れて、血が流れ始めた。

(嘘だろおおおお!?)

足の向こうに、なんとかお義姉さんが目視できた。
久しぶりに、あの剣を振るっている。
玄関のタイルに、切り落とされたタコ足がびちびちと跳ねている。
一瞬、直径一メートルはありそうな目玉が、足の中に垣間見えた
お義姉さんは両手で剣を構え、そいつの黒目に深々と突き刺すと――

(助かった……)

膝から崩れそうな僕と志乃の腕を掴んで走り出した。




955 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/01(日) 23:07:42.78 ID:jWrTuuAfo

51

どれくらい走ったかわからない。
足がもつれて、三度目に転びそうになったところで、彼女は止まった。
一番へばっているのは僕だった。
何か言いたいが、息があがって言葉が出ない。

「ああ、忘れてた。あなたは人間だったわね」

(もっと優しい言葉でお願い!)

志乃は少し疲れただけみたいだ。

「春海、腕が!」

「ああ、これは――」

大したことないと言いたいが、手首から肘に向かって何本か裂けたような傷が走っていた。

「――いってぇ! 今頃気づいたけど超いてぇ!」

「アドレナリン! もっかいアドレナリン出して!」

志乃は慌てているようだけど、食欲もわいているようだ。

(あー、こいつ血も好きだったな)

「要る?」

「あ、ああ、う……」

目は喜んでいるが、さっき守られた手前、気後れして「ほしい」と言えないのだろう。

「遠慮するなー」

少し気持ちが落ち着いてきた。
ここにはあの気色悪いクラーケンみたいなのはいない。

(クラーケンはイカだったっけ)

「じゃあ、私がもらうわ」

お義姉さんが、僕の右手をとる。

「え」

戸惑っている間もなく、彼女は唇を僕の裂けた皮膚に押し付けていた。
志乃の目が妬いている。



965 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/07(土) 00:22:44.43 ID:3Qf5vXwlo

52

お義姉さんの舌が、僕の腕の表面で動く。
とがった牙が露出した肉に触れると痛みが走る。
僕は大人しく、棒立ちでこらえている。

「あの、これで立てなくなったりします?」

知り合ったばかりの頃、肩に手を置かれただけで精気を一気に吸われて足腰立たなくなったのを思い出した。

「手加減してあげてるのよ」

「ぬうぅ……」

志乃はうつむいて手をかたく握っている。

(いかん。志乃が殺意の波動に目覚めそうだ)

「お義姉さん、志乃の機嫌が悪いです」

「怒ることないじゃない。誰にでもしてることよ」

「わ、わかってる……」

「なんですって?」

志乃が弾かれたように顔を上げる。

「でもやっぱり春海はだめー!」

僕のもう一方の腕を掴んで、ひったくるように抱きよせる。

「少子化の世の中で、貴重な若い子なのに……」

「他! 他を当たって!」

「な、なによ。人間ってこうなの?」

「こういうもんです。特に男女は」

「はぁー、めんどくさいわね」

お義姉さんは名残惜しそうに僕の手を離した。




966 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/07(土) 00:23:25.55 ID:3Qf5vXwlo

53

何気なく傷ついた腕を見ると、裂けた皮膚の上にうっすら新しい皮ができはじめていた。

「ほら見なさい。私のおかげよ」

「あ、あたしにもできるもん!」

「半分のあなたより、私の方が早いわよ」

「そんなに言うなら、沢山産んで供給を増やしてちょうだい」

「ああああ赤ちゃんは関係ないでしょおおおおお!」

「志乃、もうわかったから!」

気恥ずかしさと女二人の板挟みにされたことに耐えられず、大声を出した。
お義姉さんが僕に向き直り、にらみつける。

「ちょっと! 私の妹に怒鳴らないでくれる?」

「え、えええ? 俺?」

「そうだよ! 春海がきっちりダメって言ってたらもめなかったんだから!」

「行きましょ、妹」

「うん。いこいこ!」

二人はさっさと歩きだした。
事務所に戻るつもりだろうか。

(あれ、やっぱり俺悪くないよな!?)

腑に落ちないと思いながら、二人を追いかけるように歩き出した。



967 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/07(土) 00:24:14.17 ID:3Qf5vXwlo

54

―――――事件現場の川―――――

緊急車両の停まっていた件の橋の上を歩く。
子供が二人命を落としたという、件の橋の上を歩く。
それだけで気分が沈む。
志乃は少し早足だ。

橋の向こうに、見覚えのある顔の子供が見えた。

(あれは依頼人の……?)

足にツタがからまり、動けないようだ。
それに、引っ張る力にふんばって抵抗しているように見える。

「あれは――」

いらいにんのむすこ、と口が動く前に、志乃が駆け出していた。

「やめろおおおおおっ!」

女とは思えない叫び、咆哮だった。

「だめっ! 待ちなさい!」

お義姉さんも完全に出遅れていた。
志乃はわき続けるツタや触手を手づかみでぶちぶちと引きちぎる。

(なんでいきなり……?)

「だめ! 妹! やめなさい!」

「志乃! 戻ってこい!」

僕らは叫んだけど、志乃は聞いていない。
聞こえていても知ったことかとばかりに子供を呪いから庇っている。

「ああもう!」

お義姉さんは口に手を深々と突っ込んだ。



968 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/07(土) 00:24:59.74 ID:3Qf5vXwlo
55

依頼人の子供(僕は心の中でグレイってあだ名をつけた。宇宙人ぽいから)はぐったりと倒れている。
その方がいい。呪いなんか見ない方がいい。
彼女の喉の奥から掴みだされたのは針の束だった。
思いきり振りかぶって、狙いなど定めず投擲する。

「志乃、よけろ!」

「え?」

呪いの一部をかかとで踏みつけにした志乃が、一瞬我にかえって振りむいた。
その志乃の全身を、お義姉さんの針が串刺しにし尽くした。
針山のようになった志乃は、何がなんだかわからないといった顔をして、その場に倒れた。

「なんてことするんですか!」

「説明は後! 私は妹を連れてく。君はその子を!」

訳のわからないままに、僕はグレイ君を抱きかかえる。

「飛ぶわ! 目を閉じて!」

お義姉さんが僕の首根っこを掴んだと思った次の瞬間、全ての音と光が消えた。




969 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/07(土) 00:25:38.76 ID:3Qf5vXwlo
56

**********

にいちゃん。
ねえちゃんしんじゃったの?

ぼく、にいちゃんすき。
にいちゃんあそんでくれた。
母上にもあわせてくれた。

にいちゃん泣いたらかなしい。
ねえちゃんどうしたの?
ぼく、母上いなくなってかなしかった。
にいちゃん、ねえちゃんすき。
ねえちゃんいなくなったら、ぼくもかなしい。

ぼく、たすけてあげる。
にいちゃんよわい。こんじょうあるけどへたれ。
でも、ぼくつよい。
ぼくってつよい子ちゃーん。

**********



977 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/09(月) 23:11:34.74 ID:0NGliUKeo
57

―――――ナオミの部屋―――――

平衡感覚が戻ってくる。
僕は今、体を横たえているらしい。
頬にさらさらとした生地が当たる。
これはお義姉さんの事務所のソファのカバーだ。
目を開ける。

「うっ……」

偏頭痛が酷い。
光に反応しているのか、目を開けるとずきずきする。

「気がついたわね」

組まれた脚とスカートの間から、ストッキング越しに下着が覗いていた。

(なんだろう。美人のパンチラなのに嬉しくない……)

この僕がパンツを見て嬉しくならないなんて異常事態だ。
ましてや吸血鬼もパンツ穿くんだ、なんて考えている。
これは異常だ。
異常。

「そうだ! 志乃は――ぐぅっ!」

「だめよ! まだ負担が残ってるんだから」

お義姉さんの忠告は遅かった。
頭を抱えて悶える。
のた打つと、痛みが逃げるような気がする。

「そのままでいいから聞きなさい」

彼女は僕の返事を待たない。




978 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/09(月) 23:12:31.03 ID:0NGliUKeo
58

「あの子の時間は今、極端にゆっくり流れてるの。止まってるのと等しいくらいに」

「なんで、あんなこと――」

えづきながら訊いた。

「妹は、彼にかかっていた呪いに向かっていって、庇おうとしたわね」

「ああ、あんなの通り魔の亡霊以来ですよ」

鬼気迫る、といったやつだ。

「あの子が何を考えたのかは知らないけど、守りたかったのはわかる」

「志乃は口を開けたから――」

彼女は振り切るように叫んで突っ込んでいった。

(いや、たったあれだけの間に?)

「今回の呪いは強い。何を恨めば、あんなに強大なものが練れるのかしら」

「そりゃあ、わかりませんけど。憎くて仕方なかったんでしょう」

僕だって呪いを作った奴が憎い。
「話が逸れたわね」と、彼女は姿勢を正す。

「あの子、取り憑かれたかもしれない」

「かもしれないって――今までの被害者だって、命までは取られてませんでしたよ」

死人が出た今回の方が、イレギュラーだと思いたい。

「それは術者が真剣に殺したいと思ってなかったんでしょ。気合いの入りようが違うのよ」

「精神論は苦手です」




979 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/09(月) 23:13:00.83 ID:0NGliUKeo
59

「佐伯君は数日間で相当衰弱してたわね。あれは放っておいたら危なかった。
 でも、あなた達のクラスにいた女の子たちは?」

神田さんと上木さんのことを言っているらしい。

「あれは……。上木さんの自己嫌悪と、
 見捨てられるんじゃないかって不安が暴走した結果のような――」

「そんなところね。でも今回の殺意は尋常じゃないわ。
 あれよ。人間の言葉で、『ガチ』ってやつ」

「それは一部の人間ですよ」

「なによ。細かいわね」




980 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/09(月) 23:14:24.84 ID:0NGliUKeo
60

志乃は今も、あの痛々しい姿のままなんだろうか。

「あの針――」

「あれはね、命の流れを阻害するために刺したの」

「俺が納得できないのはそこですよ。何のためにそんなこと」

「癌っていう病気は、若い人ほど進行が速いらしいわね」

「まあ、そうですけど」

「強い呪いに侵された者は、訳もわからないうちに体中を蝕まれるの。
 その傾向は被害者が若いほど顕著になる」

「気付いたら末期」

「そうよ。だからああするのが最善だと判断した」

「疑わしきはとりあえず黒、と」

「ええ。でなきゃ死ぬわ」

彼女はテーブルの上のコップに手を伸ばすと、中身を一気に飲み下した。
そして、不味そうに顔をしかめた。
苛立っているらしかった。

「そろそろ動けるはずよ。シャワーを浴びてきなさい。
 あなた、まだ不吉な空気がべたべたまとわりついているもの」

お義姉さんはそう言うと、僕を追い払うように手を振った。



988 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2012/07/12(木) 22:53:34.42 ID:Wldddmhk0
次スレ立てました。
良かったら引き続きお付き合いください。

女「人間やめたったwwwww」2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342100712/

適当にhtml化依頼出すので、残りの12レスは好きに書き込んでいただいてOKです。

今日はここまで。
連休は家を開けるので、次の更新は水曜になると思います。
.
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[ 2012/11/24 22:15 ] 人外系,生き物系SS | TB(0) | CM(1)
わー興味なーい
[ 2012/11/25 00:04 ] [ 編集 ]
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