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女「人間やめたったwwwww」7/10


女「人間やめたったwwwww」



510 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/01(火) 23:48:23.71 ID:ecqjiXaWo
54

―――――水曜・学校―――――

国語の授業の後、僕たちの担任でもある教科担当から呼び出された。

「志乃、これは……」

「おねーさんだね……」

「え。担任、文芸部持ってたっけ?」

「うーん……わからん」

「影薄いもんなぁ……で、どう思うよ」

「どうって……行かねばなるまい」

「あれ、どうなんよ。操られてるように見える?」

「私にはどうとも……」

「だよな」

二人で顔を見合わせて、「あー」と嘆いた。
志乃は露骨に嫌そうな顔をしている。
きっと僕も嫌そうな顔になっている。


55

―――――水曜・学校・国語準備室―――――

「二人とも、ごめんなさいね。忙しいところ」

「ああ、いえ……」

今のところ、いつもの先生だ。

「私は文芸部の顧問をしてるんですけど、準備を手伝ってほしくてね」

「はぁ。準備、といいますと」

「文化祭で部誌を発行するんだけど、その準備が追いつかなくて……
 印刷会社にデータを渡すんだけど、一人、原稿を手書きにしてる部員がいるのね。
 それで、二人で手分けしてデータになおしてほしいの」

「ああ、そういうことなら」

「うん」

志乃も、安心したように首を縦に振った。

「パソコンは文芸部の部室にあるから、放課後、手の取れるときに顔を出してください」

「あ、はい。わかりました」

「ありがとう。助かるわぁ。神田さんもがんばってるんだけど、彼女は自分のことで手一杯だから」

(部誌ってなんだ……がんばるって、何をがんばるんだろう)

(……ん、原稿?原稿って何だ?)

どうにもすっきりしない気分で、僕は志乃と準備室を出た。





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元スレ
女「人間やめたったwwwww」
SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServise掲示板




511 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/01(火) 23:50:28.52 ID:ecqjiXaWo
56

―――――水曜・放課後・文芸部の部室―――――

「と、いうわけ」

志乃は神田さんにざっと経緯を説明した。

「ああ、私だけじゃ手に負えなかったから……助かる」

「ありがとう」と、彼女はうなずいた。
頭を下げているつもりらしかった。

「パソコンは適当に使って。原稿はこれ」

と、神田さんは僕らに二分した原稿を渡す。

「他の部員もいるんだけど、私以外は三年だから……
 受験もあるし、クラスの出し物優先みたいだから、あまり手伝ってって言えなくて」

彼女は困っているようだったが、教室で見るよりもずっと、表情に張りがあった。

(ここから聞き出せってことだな)

僕はパソコンの電源を入れた。

「えっと、Wordでいいの?」

「.txtでよろしく」

「どういうこと?」

「保存するときはテキストファイルにしてねってこと」

「?」

「まあいいや。保存するときに言ってくれ。簡単だから」

「へーい」

「何かわからないことがあったら、私に聞いて」

神田さんはさっさと自分の作業に没入していった。
志乃はぺちぺちと軽快にタイピングしていく。
キーボードの上で躍る指を眺めていると、志乃が賢くなったように見える。

僕もひたすら入力していく。
文章は決まっているので、量はあるけど気分的には楽だ。

「神田さんって文章書く人だったんだね」

志乃が話しかける。
探りを入れている風ではなく、素直に感心しているようだった。

「ああ、元々は違ったんだけど、むりやり引きずり込まれてね。
 まあ、今こうして書いてるってことは、性に合ってたんだろうけど」

「むりやり?」

思わず聞いていた。

「うん。まあ、なんのまぐれか知らないけど、入学してすぐの模試、国語がすごい良かったのね。
 で、担任が籍だけでも置いてくれって」

「すげーな、それ」

「問題に恵まれただけだって」

「籍だけでいいって、先生切羽詰まってたみたいだね」

「今の先輩達が卒業したら、部員は私だけになっちゃうからね。廃部よりはマシだよね」

そう言う神田さんの目には力があった。
この人はただのアウトサイダーじゃない。
ちゃんと自分の身の置き場所を見つけて、そこで力を尽くそうとしている。
少し、かっこいいなと思った。




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517 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/03(木) 21:49:09.73 ID:kCQ/gxjKo
56

「神田さんは何してんの」

意外とまともに話せることに安心して、声をかけた。

「推敲」

「ああ、誤字脱字チェックか」

「それもだけど、言い回しとかね、話の整合性とか」

「へー」

「締切前とはいえ、まだ時間はあるからね。仕上げはギリギリまで粘るよ」

彼女は顔を上げて、にっと笑った。

(教室でもその顔すれば、もう少し居やすそうなんだけどな……)

志乃は鞄からペットボトルのお茶を出した。
口をつけて、「ぬるい」とまずそうに舌を出した。

「ああ、熱いのでよければポットあるけど。沸かす?お菓子あるし」

「え、いいの?」

「だってこの時間、おなかすくでしょ。特に頭使うんだから糖分は常備よ」

まるでアスリートのような口振りだ。

(エトピリカ聴きたいな)

葉加瀬太郎を思い出して、少しだけ鼻歌が出た。




518 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/03(木) 21:50:02.44 ID:kCQ/gxjKo
57

「ああ、イマージュもあるよ。聴く?」

神田さんは手近な引き出しをあけて、緑のジャケットのCDを出して机に置いた。

「なんでそんなもんあるのwww」

思わず気安くつっこんでしまう。

「さあ?何代か前の先輩が置いてったらしい。
 結構変なアイテム残ってておもしろいよ、この部室」

「文化系って深いね……」

志乃が感慨深そうに呟いた。

(まさか入部するとか言い出さないよな)

「ねえ、そういえば上木さんどうしたの?」

「私は何も聞いてないけど。……なんで私に聞くの?」

「んー、仲良さそうだから、知ってるかなって」

「それがねー、最初は風邪だと思ってそっとしといたんだけど、さすがに心配になってメールしたら無視されてさ」

そんなこと親友にされたら傷つくだろうに、彼女はいたって飄々としていた。
友人はいない。
クラスでは、なんとなく一人で浮き続ける。
平気でいられるものかな、と思う。

(僕だったらしんどいな)



519 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/03(木) 22:36:11.91 ID:kCQ/gxjKo
58

「せっかくあるんだし、聴こうか」

気分を変えたくて、CDを再生する。

(エトピリカ……エトピリカ……)

「ふーんふーふふーん。ふふふーんふふーん」

緊張がゆるんで、脳内BGMが鼻から垂れ流しになる。

「えー、オープニングの方じゃないの?」

志乃が物言いをつける。

「しょーがねーなー」

(トラック16……と)

語り出すかのようなイントロから、刻むように入っていく。

(あー、俺これ聴くと、何かで一流になった人みたいな気分になるんだよなぁ)

志乃は素直に縦ノリしている。
そんなノリ方、僕は照れくさくてできない。うらやましい。
神田さんは黙々と赤ペン片手に、プリントアウトした原稿に向かっている。

「これ聴くと万能感におそわれるから細かいことする時に聴くのやばいわ」

曲が終わると、彼女はそうコメントした。
ああ、あれはノリにノッていたのか。




520 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/03(木) 22:36:59.89 ID:kCQ/gxjKo
59

「志乃、満足したか」

「うんうん。てってーてーれってーてってーてーてれっててー」

僕は彼女の、大体いつも楽しそうなところが好きだ。
だけどここでいちゃつく訳にはいかないので、このときめきはそっと胸にしまっておく。
しまっていこうぜ、俺。

(えーと、エトピリカ……)

(あー……俺、これ聴くと何かを成し遂げたような、一日やりきったような気分になるんだよなぁ……)

右手の指輪が、一瞬光ったような気がした。
あの、ひたすら円をかく練習はどう役に立つんだろう。

(そういえば、僕は神田さんを探るためにここにいるんだ)

彼女と上木さんの関係性、遠くから見ていると、勝手にわかったような気になっていた。
だけど、こうして本人と話すとよくわからなくなってきた。
思ったより淡々としている。

上木さんとのことをポンポン聞くのはまずい気がした。
神田さんは頭がいい。
普段関わりのない人物のことを聞かれたら不審がるはずだ。



521 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/03(木) 23:08:09.49 ID:kCQ/gxjKo
60

どうアプローチしたものか、意外と難しい。

(なんか恨まれる覚えある?なんて思惑オープンリーチな質問できないしな)

対面の神田さんを眺める。
これだけ熱中できるなら、寂しさや居づらさを感じる暇は、あまりないかもしれない。
僕は、お茶を入れようと席を立った志乃の透けたブラに視線を飛ばす。

(うーん、最近、二人きりだとエロいことしかしてない気がするな)

志乃のおっぱいが思い出されてにやけそうになる。

(他の娯楽も模索してみるか……)

(そういえば、前回は男絡みだったな)

神田さんと上木さんが、一人の男を取り合っていがみあう図は想像できない。

(うーん、却下)




522 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/03(木) 23:09:30.75 ID:kCQ/gxjKo
61

「神田さんは何で文芸部に目覚めたの?」

志乃がお茶を配りながら聞く。
神田さんは棚から茶菓子の入った盆を出して、机の真ん中に置いた。

「正直、夏休みまではどうでもよくてさ。ほんとに幽霊部員でいるつもりだった」

好きなことについては、気分良く話してくれる。
そのへんは普通の人だ。

「あたし、全国見ちゃった」

「まじすか」

いきなりのインターハイ級発言と、文芸部にそれに相当するような大会があることに驚いた。
黙々と書いて発表してるだけじゃないのね。

「何もしなくて行けるもんなの?」

「先輩の七光り。去年の実績のおかげでさ。
 で、勉強して来いって放り出された。あ、引率で先生付きだったけどね」

この人はこんな目ができるのか。

「で、全国はどうでしたか」

「すげかった」

と、彼女は拳を握る。

「幽霊でいるの、もったいなくなってさ。今度は絶対自力で来ようって思った」

神田さんの見ているものは、僕たちとは違うのか。
彼女の愛想の無さは、周りへの敵愾心ではなく、ただの無関心だった。
その証拠に、こちらからのアクションにはきちんとリアクションを返してくる。

(俺はこの人を誤解してたんだな)

僕は心の中で一言だけ詫びた。



527 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 10:53:58.39 ID:FZ3Mlmipo
62

―――――水曜・春海の部屋―――――

机に向かって課題を片づける僕の後ろで、お義姉さんはベッドに腰掛けている。

「で、彼女と話して何かわかった?」

「いえ、これといって動機につながるようなことは――」

あの神田さんに、誰かを恨んでる暇はない。

「彼女が自分から周りに溶け込もうとしなかったのは、人見知りでも攻撃性からでもないです。
 俺には――単に興味がないからそうしなかっただけ、と取れました」

「義弟が言うなら、そうなんでしょうね」

「いいんですか。俺の言うことなんかそのまま真に受けてしまって」

「現時点ではいいのよ。最終的に判断するのは私」

そう言ってお義姉さんは脚を組んだ。

「これ以上、神田さんから聞き出せることはあるんでしょうか」

「どうかしらねぇ……」

お義姉さんは後ろに手をついて、上を向いた。
喉が、異様に白く見えた。切られたという傷は残っていない。




528 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 10:55:29.44 ID:FZ3Mlmipo
63

「上木さんのことがわかればいいんですけど……」

「私がちょっと行って手帳や携帯を拝借してくれば話は早いわ」

「それは極力したくないんですよねぇ……。同じクラスの人間ですよ。
 前回は全くの他人だったけど、今回はさすがに気まずいです」

「何よ、正攻法で聞き出せるの?」

「それを言われるとお手上げですよ」

僕は椅子を回して、お義姉さんに向き直った。

「志乃の考えも聞きたいですね。あいつ、あれで結構周りのこと見てるんですよ」

「妹を誉めても何も出ないわよ」

(まんざらでもない癖に)





529 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 10:57:55.76 ID:FZ3Mlmipo
64

僕はあまり外向的ではない。
誰とでも会話はできるけど、クラスで特に親しいと言えるのは志乃と長野だけだ。
僕に比べて長野は軽いところがあるが、人なつっこくて割と誰にでも好かれる。
僕が苦もなく周りと接点を持てるのは、長野があいだにいるからかもしれない。

(少し条件が違えば、僕もアウトサイダーになっていたかもしれないってことか)

僕は彼女たちに悪意を持ったことはない。
だけど、どう接していいかわからず困ったことはある。
そして、もし自分が彼女たちのポジションに置かれることを考えると、やっぱりどこかしら恐いと思う。

(どこかで、見下してたのかな)

頭が痛いと思った。




530 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 16:25:43.84 ID:FZ3Mlmipo

65

「それで、円は書けるようになったのかしら」

「ああ、だいぶ近づいてきたと思います」

手近な紙に書いて、お義姉さんに見せる。

「完璧とは言えないけど、次に移ってもいいかもしれないわね」

僕は机の下でガッツポーズを作った。

「もう書かなくていいんですか?」

「いえ、まだまだ書くのよ。指輪を貸してちょうだい」

指輪を外して、お義姉さんに渡す。
一瞬手が触れたけど、びっくりするほど冷たかった。
お義姉さんは、指輪をつまんで蛍光灯にかざしている。
何か見えるのだろうか。

「ああ、これなら……。少し厳しいけど、できないこともないわ……」

「あの、次は何を――」

「同じよ。今度は指で空間に書くってだけで」

「うわぁ……」





531 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 16:26:23.80 ID:FZ3Mlmipo

66

「何よ。身を守る手段がほしいって言ったのは義弟でしょ。やるのやらないのどっちなの」

「やりますよ。やりゃいいんでしょ」

「かわいくないわねぇ……」

お義姉さんは指輪を僕に放ると、消えてしまった。
指輪をはめ直しながら、一人でぼやく。

「うーん……空間って言われてもなぁ……」

試しに、顔の前で指を立てて丸く動かしてみる。

(これは……目に見えない分紙に書くより地味だな……)

先が思いやられる。
僕の盾、使い物になるのはいつだろう。




532 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 16:27:34.13 ID:FZ3Mlmipo
67

―――――木曜・放課後・文芸部の部室―――――

神田さんは掃除当番で、僕は志乃と先に部室で作業をしていた。

「上木さん、結局まる一週間休んじゃったね」

「そうだな」

「春海、やっぱり呪い見えてる?」

「うん……そうだな。たまにちらちら見える」

「じゃあ、気のせいじゃないんだ」

志乃が机に突っ伏したので、僕は背中を撫でた。

「んー、だいじょうぶ」

彼女は頭を振って体を起こした。

「あ、ニャーンだ。ニャーンがいる」

志乃が廊下を指さす。

「あ、猫」

そのへんを歩いてそうな、普通のキジトラの猫だった。

「ニャーン。おいでおいでおいでー」

志乃は床にしゃがんで、胸ポケットに挿していたペンを低い位置で振る。

(なんで猫好きって、猫見るとテンションおかしくなるんだろう)




533 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 16:28:38.80 ID:FZ3Mlmipo
68

猫は警戒する様子もなく、トコトコ歩いてくると僕の足下で腹を出して転んだ。

「ぬうぅ……私が呼んだのに」

「おお、志乃がジェラシーに燃えている」

「なぜだ。春海、どっかで餌付けしたな」

「しないよ――おー、よしよし」

せっかく来てくれたのだから、僕も腹を撫でる。
一通り撫でて、パソコンに向かうが、猫は帰らない。

「あーあ。相手するからー」

「志乃が呼んだんだろー……ちょっと出してくる」

僕はすねに体をすり付けながらぐるぐる回る猫を抱いて廊下に出た。

「ニャーン」

「だーめ。おまえ、きれいだから飼われてるんだろ。おうち帰りなさい」

「ニャーン」

猫は丸い目で何か訴える。

「だめー。おうちの人が心配するぞ。じゃあな」

僕は心を鬼にして、猫に背を向けて部室に戻ろうとした。

「つまんないにょー」

なんだその語尾は。

「はぁ!?」

振り向いたときには、猫はしっぽを上げて、住宅地のある方へトコトコ……

535 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(鹿児島県):2011/11/06(日) 19:45:13.58 ID:q7ILLTkH0
もちろん猫たんは♀で擬人化するんだよな?


537 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 20:55:46.39 ID:FZ3Mlmipo
69

「志乃、さっきふざけた語尾で喋った?」

「具体的には?」

「そんなん言えないにょー」

「フッ」

「鼻で笑うなよ」

「気のせいじゃない?」

「うーん、確かに聞こえたんだけどなぁ」

「どしたの?」

「いやな、猫が喋ったんだ。おうちに帰れって言ったら、つまんないにょーって」

「いーなー。私もニャーンの言うことわかりたい」

「たぶん、あんまりいいことないぞ。絶対音感の人だって全部音階で聞こえて疲れるそうじゃないか」

「それが動物でも同じことだと」

「たぶんな。俺だってさっき初めて聞こえたんだ。気のせいならいいんだけど」

「うーん、どうだろねー」




538 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 20:56:55.60 ID:FZ3Mlmipo
70

そろそろ掃除も終わりそうだ。
神田さんが来る前に聞いておこう。

「志乃、俺に呪い、見えるか?」

「うんにゃ」

即答で否定された。

「なんで急に?」

「現象自体は可愛らしいけど、異変は異変だからな。
 正直なところ、ちょっとびびってんだ」

「そう言われてみれば……」

志乃は上を向いて、少し考えていた。

「あ、おねーさんの可能性は?変身できるし」

「あの人ならやりかねないな」

「先生を操るって言ってたけど、それだって潜入しなきゃできないし。
 猫のふりして近づくことは十分ありうると思う」

僕が突然、動物の言葉がわかるようになるよりは現実的だった。

「よし、当面はその説を採ろう」

とりあえずの結論を出したところで、神田さんが来た。
どこか落ち込んで見えた。



539 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 21:52:54.83 ID:FZ3Mlmipo
71

昨日と同じように、対面に座った彼女の目は赤かった。

(あー、上木さんと何かあったな)

「大丈夫?」

自然と口にできていた。
志乃が少し驚いた顔を僕に向ける。
前回は、こういったことは志乃がやってくれていたのだ。
志乃はディスプレイの影で親指を立てて、唇の端をきゅっと上げた。

(誉められた……)

照れくささが一拍遅れてやってくる。

「あー……私、ひどかったみたいだわ」

神田さんは碇ゲンドウみたいなポーズで嘆いた。
こんなに簡単に話し出すなんて、相当参っているらしい。
頭の中でマヤさんが「対象のATフィールドが中和されています!」とか言ってる。

(いやいや、人を使徒扱いしてはいけません)

「聞きましょうか」

志乃は立ち上がり、ポットに向かった。




540 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 21:54:09.63 ID:FZ3Mlmipo
72

「上木さんと、連絡取れたの?」

志乃は湯呑みを口に近づけて、熱気を飛ばすように息を吹いた。

「上木、私のこと恨んでる。私がこっちにかまけてばっかりで、一人ぼっちになったみたいだって」

(そういえば、上木さんは帰宅部だったな)

「私は部の手伝いするから教室にいなくていいけど、一人であそこにいるのが嫌だって――
 私、そこまで考えてなかった。そこまで見えてなかったんだ」

上木さんの欠席は、体調不良じゃなくて登校拒否だったってことか。
先週の終わりくらいから、クラスでは文化祭について話し合っていた。
上木さんが憂鬱になるのもわかる気がする。




541 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 21:54:43.63 ID:FZ3Mlmipo
73

「うーん、悪いか悪くないかって言ったら、悪いことしてないよね」

志乃が適当な言葉を挟んで促す。
僕はとりあえず、聞き役になる。

「自分でもそう思う。だけどこれって気持ちの問題じゃん」

「まあねぇ……」

志乃は頬杖をついて、「ふぅん」と鼻から息を漏らした。

「上木には悪いって思うんだけど、一方で私は悪くないって思ってて……
 謝ったほうがいいんだろうけど、テキトーな理由で謝りたくないのよ」

「納得したい、と」

一言添えてみた。

「そう……かもしれない。たぶんそう」



542 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 23:31:38.45 ID:FZ3Mlmipo
74

「上木さん、端から見てると、ちょっと神田さんにべったりなとこあったからねぇ」

志乃は難しそうな顔で言うと、ぬるくなった茶を一気に飲み干した。

「お前、それは失礼だろ」

さすがに言い過ぎだと思った。

「いいんだよ。……やっぱり、周りにもそう見えてたってことか」

神田さんは茶菓子の盆から煎餅を一つ取ると、小袋に入ったままのそれを二つに割った。

「上木、私を前と同じでいさせようとしてた」

「前とっていうと、幽霊部員でいようとしてた頃?」

「そうそう。前はそんなことなかったのに、メール返さないと不安定になるし、正直持て余してたんだわ」

彼女は自嘲気味に笑った。

「ひどいって思うなら、非難してくれて構わないよ。
 でも、私だってやっと目標見つかったんだ。そこは譲れない」

「でもでも、上木さんにすまないと思う気持ちはある、と」

わざと話を振り出しに戻した。

「それ言われると、私も参るわ」




543 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 23:32:16.48 ID:FZ3Mlmipo
75

「もうさ、謝っちゃえば?」

イライラしてきたのか、志乃が投げやりに言った。

「神田さんは納得したいの」

「だからさ、直接神田さんがしたことについて謝る必要はないんだよ。
 結果的に、上木さんが寂しいと思ってしまった、とそのことについて謝ればいいんだって」

屁理屈なような気がするけど、自分の中で折り合いをつけるなら、その結論を選ぶ。

「――と、志乃が申しておりますが?」

「まあ、それなら不服ではないかな。
 よし、一応はそれで納得する、ことにするわ」

えらく回りくどいが、それでいいと思うことにしたらしかった。




544 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 23:33:21.13 ID:FZ3Mlmipo
76

―――――木曜・帰宅中・公園―――――

頼まれた原稿の入力も終わりが見えてきたので、キリがいいいところで引き上げた。
ベンチで缶コーヒーを開けた。

「志乃、どう思う?」

「あの二人のこと?」

「うん」

「私は……もう、上木さんが犯人だと思う」

「それが自然だよなぁ」

「でも、上木さんの机についてる呪いのカスみたいなのが気になるよ」

「確かにそこは引っかかるけどさ――」

後ろに気配を感じた。

「あ、春海。ニャーンがいる」

体をねじって振り向くと、首輪のないロシアンブルーがいた。
野良にしては毛並みがよすぎる。
夕日の赤みを帯びた光が、おでこや背中で反射している。

「おお、ほんとだ。かわいいな。おいでおいで」

「ニャーン」

猫はベンチに飛び乗り、志乃の膝で丸くなった。

「あなた達、何かつかんだようね」

お義姉さんの声だった。
周りを見渡しても、彼女の姿はない。

「私はここよ」

ロシアンブルーの猫パンチが僕の腿に入る。
志乃は「おねーさんだ」と面白がりながら、猫を撫でている。




545 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/06(日) 23:34:50.66 ID:FZ3Mlmipo
77

「俺、今日はもう、猫はいいわ……」

なんだか疲れてしまった。

「何よ、高校生カップルと成人女性の三人組じゃ怪しまれるでしょ。私の粋な気遣いよ」

(あー、この気を遣えてない気遣いはお義姉さんだ)

「たぶん、神田さんを呪ってるのは上木さんです」

「あ、そう」

「淡泊な反応ですね」

「まあ、今回は狭い世間の話だしねぇ……」

「それは、そうですけど」

「ま、よくやってくれたわ。続きはまた考えましょ」

どうも釈然としない。

「お義姉さん、それはいいんですけど、学校にまで出てくるってどうなんですか」

「そうそう。ちょっとびっくりしたよ」

志乃は驚くというよりはしゃいでいた。

「私、行ってないわよ」

「でも、猫来ましたよ」

「どんな?」

「普通のキジトラでしたけど」

「ああ、なおさら私じゃないわ」

寒気がした。



549 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/07(月) 23:56:22.38 ID:tVdt9tZQo
78

「お義姉さん、俺――」

話すべきか迷った。
志乃が僕の肩に手を置いた。

「俺、猫が言ったことわかったんです」

お義姉さんは、猫の姿でNHKの猫の歌を歌った。

(この人も、受信料払ってたりするのかな……)

「まじめに聞いてください」

「え。そういうことじゃないの?」

「いえ、そういうボディーランゲージ的なものでわかるんじゃなくて、声で聞こえたんです」

「ああ、それが怖いと」

「正直、びびってますね。俺はただの人間ですよ。
 ただでさえうっかり呪いが見えちゃって戸惑ってるんですから」

仕事の上では便利だけど、やっぱり一人でいるときに見えたらと思うと、怖い。

「あれは比率で言えばマイノリティなだけで、絶対数で言えばそう珍しいことじゃないのよ」

「うーん……」

どうもすっきりしなかった。




550 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/07(月) 23:57:10.99 ID:tVdt9tZQo
79

「俺、呪われてたりします?」

「もー、私が大丈夫って言ったじゃん」

「――と、志乃は言うんですけどね。あれです。セカンドオピニオンってやつで」

お義姉さんは僕の膝に移ると、体を伸ばして僕の肩に前足を置いた。
そのまま緑の瞳が、僕の目を見つめる。
しばらくそうしていたけど、お義姉さんは「うやぁん」と鳴いて志乃の膝に戻った。

「安心して。呪いは見えなかったわ。私の目は君や妹より確かよ」

「じゃあ、俺の異変は――」

「推移を見守りたい」

「都合のいいときは日本人なんですね」




551 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/07(月) 23:57:51.79 ID:tVdt9tZQo
80

「どうしても不安になったら私を呼びなさい。
 私には昼も夜もないもの。私が起きたときが朝。寝るときが夜よ」

お義姉さんはそう言うと、植え込みに飛び込んでそのまま消えてしまった。

「春海、私もいるよ。役に立つかわからないけど」

志乃が僕の手を握る。
志乃の方が、自分の体が変わっていく感覚を知っているはずだ。

(こいつに気を遣わせてどうするんだよ……)

「ああ、すまん」

僕は立ち上がり、志乃の手を引いた。





552 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/07(月) 23:58:48.63 ID:tVdt9tZQo
81

「思い悩むのは、もっと奇ッ怪なことが起こるまで中断な」

「うんうん。帰ろ」

珍しく、手をつないで歩いた。
志乃はニヤニヤしている。

「どうした」

「んふふー。なかなかいいものですな!」

「じゃあ、毎日こうやって帰るか」

「うへへ。みんながいないときね!」

志乃はつないでいる手を前後にぶんぶん振った。

(知られてても、ラブいとこ見られるのは恥ずかしいんだな)

そのへんのさじ加減がよくわからん。

「じゃ、私は髪切って帰るから」

「結べる長さは残してもらえよ。おろしてると伸びたときにごまかしにくいからな」

「わかってるよう。じゃねー」

志乃を見送りながら、やっぱり心細かった。
夕方なのにまだまだ明るい。
9月はまだ夏だと思った。



556 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 22:59:47.66 ID:EJ3fER27o
82

―――――金曜・朝・学校―――――

教室に誰もいないのをいいことに、僕は宙で指を回す。

「なにしてんの?」

「お義姉さんが、今度は空中で円をかけって」

志乃は不思議そうに僕の動きを見ている。
僕だってこれで効果があるのか、半分は疑っている。
何もしないよりは不安じゃないから、そうしている。

切りっぱなしの志乃の髪が、肩口で揺れる。

「おお、切ったな」

「代わり映えしないけどねー」

彼女は毛先を指に巻き付けて言った。
気に入ってるんだか気に入らないんだからわからない。

「今日はおねーさんが見張ってくれるって。ニャーンの姿で」

「あの人、大丈夫かな」

「うーん……一応出て来ちゃいけない空気は読めるはず……と、思いたい」

校内でうっかり人間の姿に戻られたら面倒だ。





557 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:00:49.08 ID:EJ3fER27o
83

そろそろ誰か来る時間だ。
他のクラスの生徒が、廊下を通りすぎるのが見えた。

「志乃」

「んー?」

彼女が顔を上げたところで、短くキスをした。

「な、なんだよぅ」

「ここ数日してないような気がしてなー」

「うへへへへ」

「なんだよ、その笑いは」

「いやぁ、私もそう思ってたから」

「そうか」

にやけそうになるのを我慢して、口が歪んだ。

「そろそろ原稿出来上がっちゃうね」

文芸部の部室がある方角を眺めている。

「あー。俺らあんまり関係ないのに、そう思うと達成感あるな」

自分で入力した文書が冊子の形になると思うと感慨深い。
神田さんは、自分で作った話がそうなるんだから尚更だろう。

「この準備の手伝い終わったら志乃を撫で回したいな」

「犬猫扱いかよ」

「ああ、いや、性的な意味で」

「ヘンタイだー」

「へっへっへ。だから、まあ、がんばろうな」

「うん」

彼女は窓の外を眺めて、目を細めた。



558 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:29:46.67 ID:EJ3fER27o
84

―――――金曜・放課後・文芸部の部室―――――

三人で机を囲んで、それぞれ作業をする。
神田さんは相変わらず校正。
僕と志乃は、入力した原稿をプリントアウトして誤字脱字をチェックする。

「……はー」

「神田さんあんまり元気ないね」

上木さんの不登校記録が丸一週間をクリアして、二週間目に突入してしまった。

「さすがに滅入るよ」

何かを払うように頭を振る彼女の首に、蛇が巻き付いているのが見えた。
まだら模様が毒々しかった。
目を細めて見つめる僕を、志乃がつついて気を逸らそうとする。

――あやしまれちゃうよ。

――すまん。

アイコンタクトで、多分そんなことを伝えた気がする。




559 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:30:35.50 ID:EJ3fER27o
85

僕に見えたということは、志乃も見ているはずだ。
彼女の横顔の線が、かすかに震えているように見える。
被害者と思われる人物がすぐ目の前。
だけど、何の手出しもできない。
恐ろしく、また、もどかしい。

「ニャーン」

廊下にロシアンブルーが見えた。
情けないことに、それだけで力が抜けるほど安堵した。

「あ、猫」

神田さんは持っていた赤ペンをチッチッと振る。
この人も猫好きか。
お義姉さんは構わず廊下を行ったり来たりしている。

「あー、来てくれない……」

「どんまーい」

志乃は余裕の表情である。

(あれ、お義姉さんだしな)

廊下に人影が見えた。
体格はお義姉さんじゃなかった。




560 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:31:35.45 ID:EJ3fER27o
86

神田さんの手からペンが落ちる。

「上木――」

廊下に顔を向けているせいで、表情はわからない。

志乃が身構える。
廊下には、身を低くした猫がいる。
僕は――僕は、どうすればいい。

上木さんは、焦点の定まらない目で、顔だけ神田さんに向けていた。

「神田……なんであたしを一人にするの」

ひどく、恨めしい声だった。

「してない」

「嘘。避けてた」

ゆらりと扉をくぐり、部室に入ってくる。
とっくに見つかっているのに、追い詰められたと思った。

「なんで。なんでよ――」

「話せばわかる」なんて幻想だと思う。
話が通じる相手ではなくなっている。そう思った。

「あんたが邪魔するからでしょ!」

神田さんは明らかに苛立っていた。

「あたしは――あたしはあの時助けてあげたのに!」

上木さんは半分泣き叫んでいた。
半狂乱といってもいい状態だったけど、彼女が嘘をついているようには見えない。



561 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:48:12.60 ID:EJ3fER27o
87

どっちを信じたらいいのかわからなくなって、嫌な汗が吹き出てきた。
神田さんが苦しそうに体を折る。
彼女を覆う黒いものが、よりはっきり見える。
志乃は、それを泣きそうな顔で見ている。



――春海君、妹を連れて走って!



お義姉さんの声が頭に響いた。
相当大きな声だったのに、神田さんと上木さんは、その声に気づいていない。

志乃の手を引いてドアに向かって走った。
数メートルもないのに、遠く感じた。

志乃がつまづいて転ぶ。
志乃の足首に、ぬめぬめしたツタのようなものが巻き付いている。

「いって」と志乃の口が動いた。




562 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:49:14.05 ID:EJ3fER27o
88

頭の芯が沸騰する。
目の前が白くなって、総毛立つような感じがした。



「志乃に手ェ出すなああああああっ!」



そう叫んだような気がする。
夢中で手を振り回したような、覚えがある。
目の前で、ツタやアメーバが、黒カビが、虫やら何やらが弾かれたのを見た気がした。

猫が――お義姉さんが――僕らの前に躍り出て――――

僕はもう、目の前が真っ赤になって、嘔吐して倒れた。



563 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/09(水) 23:51:57.30 ID:EJ3fER27o
>>554-555
乙ありがとうございます。

日本人の怒りのレベル一覧のコピペ、好きなんです。

今日はここまで。



564 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です):2011/11/10(木) 00:48:31.00 ID:tL9RHP6SO
とりあえず

日本人の怒りのレベル。
------ (仏のニッポン) ------
Lv1 推移を見守りたい
Lv2 対応を見守りたい
Lv3 反応を見守りたい
------ (意思表示するニッポンの壁) ------
Lv4 懸念を表明する
Lv5 強い懸念を表明する
------ (怒りを示すニッポンの壁)------
Lv6 遺憾の意を示す
Lv7 強い遺憾の意を示す
------(キレ気味のニッポンの壁)------
Lv8 真に遺憾である
------(キレちまったよ・・・)------
Lv9 甚だ遺憾である
------(大日本帝國)------
Lv10 朕茲ニ戦ヲ宣ス



569 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 22:34:33.38 ID:JPKLaxsXo
89

**********

波の音がする。
あまり海に行ったことはない。

(小学生のうちは、家族で毎年行ってたっけ)

海水が足元に寄せては返す。

(冷たいな。今、満潮か?干潮か?)

これから満潮になるなら、ここから動かなければ僕は溺死してしまう。

肘を使って、岸から離れようと這ってみる。
全身が痛い。

どれほど進んだかわからない。
なんとか体を転がして、仰向けになる。
目が開かない。
太陽が出ているのか、まぶたの中の僕の視界は真っ赤だ。

(ああ、さっき倒れたときみたいだな)

腹が減ったと思った。
夕方に吐いて、それっきりなのだ。

(今、何時だろう)

なぜ海にいるのかわからない。
時計を見たいけど、目が開かない。




570 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 22:35:22.72 ID:JPKLaxsXo
90

――ニャーン。

また猫か。
波の音しかしない中で、心細くなっていた。
少し救われたような気になった。

――ニャーン。

声が近い。
耳元でふんふんと鼻息の音がする。
その音が離れると、猫は僕のわき腹を前足でこねはじめた。

(フミフミしても乳は出ないぞー)

今なら目を開けられそうな気がした。
まぶたを上げる。

(あー、この世の終わりみたいだ)

空が真っ赤だった。
太陽も月も星も雲もない。
なぜ「この世の終わり」だと思ったのかはわからない。

海と、赤い空間。
胎内のイメージかもしれない。




571 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 22:36:20.38 ID:JPKLaxsXo
91

(それなら、この世の始まりのその前じゃないか)

ここはどこだろう。と、改めて思う。
指を動かして手元にあるものを握る。

(砂だ……)

猫は僕の顔の近くに来て、またふんふんと匂いを嗅ぐ。

(僕は何も持ってないよ)

撫でてやろうと顔を向ける。
まだ幼い三毛猫だった。
急に切なくなって、僕は奥歯を噛みながら泣いた。





572 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 22:36:58.06 ID:JPKLaxsXo
92

どれくらい経ったのかわからない。
傾く日も、伸びる影もない。
繰り返すだけの波の音が秒針みたいに、時間が流れていることだけを示している。

三毛猫はずっと僕のそばで丸くなっていた。
一通り泣いて、気分が落ち着くと体を起こすことができた。
あぐらをかく僕の周りを、何か言いたそうに三毛猫はぐるぐる回る。

「ありがとな」

と、撫でようとすると猫はするりと避けてしまった。

(まあ、猫にはよくあることだよな)

僕はあまり気にせず、トライ・アンド・エラーを繰り返す。

そうしているうち、女の声が聞こえてきた。
とても親しんだ声だ。
これは誰の声だったか。





573 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 22:38:12.20 ID:JPKLaxsXo
93

――はるみ。

なんだそれは。

――はるみ。おきて。

それは、名前か。

――春海。ねえ。

それは、誰のことだったか。
僕は、上を向いて考える。

(僕のことかもしれない)

「しの」

志乃。
あいつは無事か。
自分がどういう状況に置かれていたか思い出した。
猫が前足を僕の脚にのせる。

「心配してくれるのか」

さっきからずっと一緒にいてくれたのだ。
犬猫は人間が思うより共感する能力があるのだと思う。
もう一度声をかけようと口を開くと――



――七代祟ル



そう言って猫は、僕の腹に飛び込んで、そのまま消えてしまった。

**********


576 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 23:35:07.33 ID:JPKLaxsXo
94

恐ろしくなって、悲鳴をあげそうになったところで、赤い空は見覚えのある天井になった。
急に体を起こしていたらしく、頭がぐらりとした。

「春海!」

志乃が僕に抱きつく。
僕は頭を押さえながら、もう片方の手で志乃を抱く。

「ちょっと揺らさんでくれ。頭痛い……」

「あっ、ごめん」

志乃が僕からそっと離れる。
動くとズキズキする。

「大丈夫か」

「うん。守ってもらったからね」

彼女はそう言いながら、宙で指を回す。
自分の右手を見る。
指輪がなかった。
その代わり、小さな傷がいくつか残っていた。

「志乃、ここは」

「事務所の休憩室だよ」

(ナオミの部屋とは言わないんだな)

まあ、あまり口にはしたくない勤務先名だよな。





577 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 23:36:07.11 ID:JPKLaxsXo
95

「呪いなら大丈夫。おねーさんが始末したよ」

「あの二人、どうなった?」

「無事かどうかで言えば無事だけど――」

「関係がどうなるかは微妙ってことか」

「うん」

志乃は視線を落とした。
ふすまが開く。

「義弟、大丈夫?」

「ええ、なんとか」

(怖い夢見たって言った方がいいのかな)

お義姉さんは僕の側に腰を下ろした。

「あ、でもすげー頭痛いです」

「ごめんなさい。声を出すより、直接頭に語りかけるほうが早くて――」

「人間相手だと、やっぱり無理がくるのね」と、お義姉さんはため息をついた。

「いいんですよ。俺たち無事ですし」

急に静かになってしまった。




578 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 23:36:52.41 ID:JPKLaxsXo
96

「すみません、指輪壊してしまったみたいで」

この間が気まずいような気がして、指輪のことを詫びた。

「いえ、いいのよ。まさか完成してたなんて思わなかった」

「完成っていうか――俺にもよくわからなくて。とにかく必死だったんで」

「春海がんばったんだよ。こう、丸い線の光が出て、レンズみたいに膨らんでさ」

志乃が身振り手振りを交えて説明してくれるが、よくわからない。

「まあ、無事でよかったよ」

志乃は僕に抱きつこうとしたけど、遠慮したのか手を握って頬に寄せた。

「お義姉さん、なんで円だったんですか?」

お義姉さんの手前、照れくさいので真面目っぽい話題を振った。





579 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 23:37:48.63 ID:JPKLaxsXo
97

「円って、シンプルすぎて嘗められがちだけど、実はありがたい形なのよ」

その意味するところは、命の源である太陽、卵といったものも含まれるらしい。

「でも、私は意味を教えてないわよ。自力でその理解に至ってくれたのならすごいけど」

「いえ、俺は今知りましたよ」

「なにそれ。春海すごい」

「ああ、己の才能がこわい」

「義弟、あの瞬間何を考えたの?」

「えっと……」

あまり思い出したくない光景だ。
あのとき、凝縮された一瞬の間に思ったのは何だったか。

(一発やらずに死ねるか)

なぜか同時に志乃のおっぱいが思い出された。




580 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/13(日) 23:38:48.75 ID:JPKLaxsXo
98

「おっぱい……」

「はぁ?」

志乃がアヒルのような形で口を開けている。
多分あきれて閉まらないのだろう。

「あ、いや」

言い訳がましく手を振るけど、もうごまかせない。

「君はそれだけで生存本能の最も深いところにアクセスしたっていうの?」

「そんなすごいことなんですかね。あ、でも火事場の馬鹿力ならそんなんかもしれないです」

「性と生は切っても切れないから……」

お義姉さんは、無理矢理自分を納得させようとしているようだ。

「でも、性的欲求だけでそこに至れるかしら……」

「あの、とりあえず無事に帰れたことですし、そこ悩むの置いときません?」

「なんだか屈辱だわ……」

そうぼやきながら、お義姉さんは僕に新しい指輪をくれた。




584 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:16:53.21 ID:D2bP0nYPo
99

――――――

夜になると、お義姉さんは繁華街に出かけてしまった。
頭痛は軽減したものの、まだ動くと吐きそうだ。

「志乃、帰っていいよ。俺泊まるわ」

生きて家にたどり着ける自信がない。

「ぬー、あたしもお泊まりんぐー」

志乃が畳の上を転がりながら寄ってきた。

「俺、元気ないから今夜は何もできないぞ」

「いいじゃん。何もしなくて。私が帰ったらあんた寂しいでしょ」

「断言されると否定したくなるな」

「じゃ、私は帰るよ。一人でも平気でしょ」

「そう言われると悲しくなるな」

「はじめからそう言えばいいのに」

「うるせー。たまには天の邪鬼したくなるんだよ」

「男のツンデレはかわいくないぞ。烈さんくらいじゃないと」

「俺がいつツンデレになったよ」

頭は痛いし気分も悪いけど、横になってどうでもいいことを喋っていると気が楽だ。

「――やっぱり、居てもらったほうがよさそうだな」

「あ、デレた」

志乃は、にっと笑った。




585 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:17:35.08 ID:D2bP0nYPo
100

「春海、ひどい夢見てたんじゃない」

志乃が布団に入ってくる。

「なんで」

「うなされてたから」

体調の悪い僕に遠慮しているのか、抱きついてこない。

「……」

「嘘はつけないぞ。ちょっとくらいの異変なら私にも見抜ける」

僕には、彼女を心配させまいと気を遣って悪夢を隠すことも許されていないようだ。

「いや、猫がな」

速攻で観念した。




586 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:18:58.83 ID:D2bP0nYPo
101

「またニャーン?」

「海と、朝焼けだか夕焼けだか――
 空には何もないんだけどな、赤いところで、すごい寂しいところで倒れてた」

残念なことに、不吉なイメージを僕ははっきり覚えていた。

「それで、三毛の子猫が慰めてくれるんだけど」

「子ニャーン?」

並んで寝ころんだ志乃が、猫の手を作って空中に伸ばし、空気をかきまぜる。

「目が覚める直前に『七代祟る』っつって俺に飛び込んで消えた」

「うええ、こわー」

「な。怖いよな」

「ほらー、やっぱり私がここに残ってよかったじゃーん」

「そうだな」とは言えなかった。
言えない代わりに、痛みを振り切るように体を動かして志乃を抱いた。

「な、なに!いきなり!」

相変わらず突発的に触られると固まるようだ。

「あんまり大声出すなよ。頭に響く」

「すまぬ」

「志乃、居てほしい。居てくれ」

「さっきから居るって言ってるのにー」

「ちゃんと頼みたくなったんだよ」

「ほう」

「デレてるんだから喜べよ」

「わぁい」

「心こもってねえなー」




587 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:20:42.03 ID:D2bP0nYPo
102

彼女と話して、少しずつ平常心に戻ってきた。
怯えを一旦心の隅に置くことができるくらいには、僕は落ち着いていた。

「俺、明日お義姉さんに相談してみるわ」

「うん」

志乃がうなずく。喜んでいるようだった。

「そうでなきゃ、お前泣きながらお義姉さんに依頼しろって言ってくるだろうしな」

「依頼しろとは言うだろうけど、泣きはしない」

(いーや、泣くね)

あえて言うまい。

「俺は薬局に行くぞ、志乃」

「痛止め要る?この時間は閉まってるよ」

志乃は僕から離れて、鞄を探る。

「運が良かったな。私のが余ってた」

少しくたびれたパッケージを僕の側に置く。

「お水くんでくるー」

立ち上がろうとする志乃の手首を掴んで止める。

「いいよ。痛みのピーク過ぎて飲んでも効きにくいし」

「そうか」




588 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:21:33.62 ID:D2bP0nYPo
103

「まあ、その、コンビニでもいいというか」

「?」

「俺はこないだ長野と話していて思いました」

「ああ、円の書き方教えてもらってたよね」

「それもだけどな。やっぱり愛と責任ある性交をせねばなりません」

志乃が吹き出す。

「笑うなよ」

「わ、笑ってなどいない。うろたえたんだ」

彼女はきまり悪そうに体を動かす。

「真面目に聞けよ。真面目に考えたんだから」

「あ、あー。そのことなんだけどさ」

もじもじそわそわ。

「どうした」

「しばらくは困らなくていいよ」

「え?」




589 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:22:56.67 ID:D2bP0nYPo
104

志乃はタンスを開けて、何やら箱を取り出した。

「ででーん」

と、僕に差し出す。



――業務用――



「ナニコレ」

「もらったったwwwww」

「いやいやいやいや。業務用て」

こんなものにも業務用があるのか。

「おねーさんに相談したらくれた」

「何考えてんだよあの人は!」

別の意味で頭が痛くなってきた。

「呼んだ?」

口の横に血糊をつけたお義姉さんが、部屋の真ん中に立っていた。
食事中だったようだ。

「呼んでません!なんなんですかあなた!もう!」

「私は妹を助けただけよ」

彼女は腕を組んであごを上げ、僕を見下す。

「だからって業務用はないでしょう!」

「いいじゃない。これでしばらくは持つわよ」

「しばらくって何ですか!」

「しばらくはしばらくよ。ペースにもよるわね」

「もう!ペースとか!もう!もう!」

いろいろとブッ飛んでてツッコミが間に合わない。

「特に用もないみたいだし、私は食事に戻るわ」

お義姉さんは踵を返す。

「……がんば!」

と、お義姉さんは親指を立てて消えた。





590 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:24:10.23 ID:D2bP0nYPo
105

休憩室に残った僕と志乃。
あと、業務用コンドーム。

「……気まずぅー」

志乃が舌を出す。
お気持ちは嬉しいんですが……こういうんじゃないんだよなー……。

「こういうんじゃないんだよなー……」

思ったことが口から漏れていた。

「確かに……ちょっと違うよね」

志乃がうなだれ、扱いに困った。という風に箱に目を遣る。

「どうするよ、これ」

「どうするって……ああー……」

部屋の真ん中に鎮座する、殺傷力のない爆発物。

「使うしかないんじゃないかなぁ」

志乃が棒読みで答えた。

「何だね、その他人事のような口振りは」

「快く受け取っちゃった手前、気まずいんだもん」

「一旦片づけようか、それ。気になって仕方ない」

「ああ、うん」

僕の目の前から、しばしの別れだ。業務用。




591 名前:1です。 ◆CIZA6sfEUc:2011/11/20(日) 22:25:28.59 ID:D2bP0nYPo
106

志乃が布団に戻る。

「寝よ寝よ!」

「寝れん!」

テンションをニュートラルに戻してほしい。

「えー。さっきまで寝そうな感じだったじゃん」

「そんなもん露と消えたわ」

「もー。どうしろと言うんだ。エロいのはナシだぞ」

「エロいことを要求する気力も体力もない」

「あー……」

「だから今日は、おとなしくポツポツ喋ってようぜ。眠くなるまで」

「それいいかも。話題が尽きてしりとりしたりしてさ」

「で、『る』でハメられてムキになるんだよな」

「それは反則だ」

志乃が僕に布団を掛け直す。

「修学旅行の夜みたいだね」

「やっぱり女子って好きな人告白大会とかやってたの?」

「やったやった。そのときは好きな人いなくて困った」

ああ、この会話の取るに足らない感じがちょうどいい。

「いないって言うと、ありえないって言われるんだよね。
 しょーがないから、かっこいいと思う人を挙げるってことで許してもらった」

「めんどくせぇなー、女子って」

「あれ、なんなんだろね」

「なんだろなー……」


最後に話した話のタネも朧気になったところで、僕は眠ったらしい。
夢と自覚できる夢の中。

――ニャーン。

声だけで、あの子猫だと判別できる。
お義姉さんの、次の依頼人は僕だ。
そう確信しながら、僕はさらに深く眠った。

女「もらったったwwwww」おわり


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